『落下の解剖学』映画レビュー 節度と品で描くミステリーの繊細な深度

『落下の解剖学』は、自宅の居間で、若い学生のインタビューを受けるベストセラー作家、サンドラの描写から、スタートする。サンドラを演じるサンドラ・ヒュラーに目に釘付けだ。一般的な美人ではないし、若くもない。けれど、表情の豊かさが、抜群なのだ。明らかなのは、このオープニングが、細心の注意で作り上げられていることだ。この後に起こる出来事のプロローグとして。

場所は人里離れた雪多い山荘。犬と散歩に出たサンドラの11歳の息子、ダニエルが、「ママ、ママ」と叫ぶ。発見されたのは、男性の転落した姿。何が起きたのか、事故か、自殺か。その後、他殺の可能性も浮かび上がる。そして、容疑者となるのは、サンドラだ。彼女は無実を訴えるのだが、真相はいかに。

『落下の解剖学』は、2023年のカンヌ国際映画祭で、審査員長を務めた奇才リューベン・オストルンド監督から「強烈な体験だった」と破格の称賛を受け、最高賞のパルムドールに輝いた。フランスで5週目には観客動員数 100 万人を越える大ヒットを記録。アカデミー賞の数多いノミネート。何がそんなに凄いのか。

一見地味でもあるし、登場人物も限られている。派手な目立たそうとするシーンもなく、節度がある。つまり品格のある描かれ方をしている。ストーリーは、いつしか法廷劇へと変わり、見えてくるものも二転三転していく。

見事なのは、サンドラをはじめ、登場人物の表層から、内面に向かうズームインの繊細さだ。普通の家族に見えたものの隠された面が、明らかになるスリル。深度は、なめらかで自然。時間的な奥行きもある。それらが、この作品を唯一無二としている。

家族の姿がどのようなものであれ、過去や現在がどうであれ、人間や家族は、こういうものだ、という重い事実。常に同じ状態が続くと思うのは、淡い夢物語だ。夫婦も家族も時や状況の変化で変わっていくし、少年は成長する。『落下の解剖学』が描くものは、地続きとしての自分や自分の家族を見る目も変えるような気がする。

(オライカート昌子)

落下の解剖学
2024年2/23(金・祝)TOHOシネマズシャンテ他全国順次ロードショー
監督︓ジュスティーヌ・トリエ脚本︓ジュスティーヌ・トリエ、アルチュール・アラリ出演︓ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ
配給︓ギャガ
原題︓Anatomie d’une chute|2023年|フランス|カラー|ビスタ|5.1chデジタル|152分|字幕翻訳︓松崎広幸|G
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