『ベイビーガール』映画レビュー 自分を理解し相手を理解するには

『ベイビーガール』は10年前なら作られなかった映画だと思う。この10年間でスタジオA24が台頭し、刺激的でスタイリッシュな映画が増えた。そして映画業界での女性の地位向上。以前なら女性監督の映画というだけで特別な目で見られた。今では女性監督はごく普通に活躍している。

『ベイビーガール』は、スタジオA24制作で、女性のハリナ・ライン監督の映画。題材は性愛。『ベイビーガール』は一見、80年代に作られたエイドリアン・ライン監督の『ナインハーフ』やポール・ヴァーホーヴェン監督の『氷の微笑』に似たパッケージに包まれているけれど、それは表面だけ。中身は熱くたぎる女性の望みがぎっしりと詰まっていて、歯ごたえがある。

企業のCEOであるロミー(ニコール・キッドマン)は、愛する夫ジェイコブ(アントニオ・バンデラス)と子どもに恵まれた女性。だが、ロミーにはひとつだけ不満があった。夫との営みで満たされていなかったのだ。考えようによっては致命的だ。それをやんわり夫に伝えようとしたけれど、夫には理解力が不足していた。ロミーは、会社で出会ったインターンの男性サミュエル(ハリス・ディキンソン)が、彼女を見抜き、満たしてくれることを知ってしまった。

性愛サスペンスの皮を被りながら、『ベイビーガール』の本質は、コミュニケーションだ。相手をどのように知り、どのように相手を満たし、同時に自分も満たされるのか。ベイビーガールの性愛は、相互理解のためのツールなのだ。ここでのセックスは、コントロール欲求のためではない。ここに女性監督らしさがある。

ニコール・キッドマン演じるロミーが素晴らしいのは、自分を理解しているところ。彼女は自分を満たす方法を知っているし、夫にも伝えようとする。そして行動する。コミュニケーションの基本を知り抜いたCEOの力の見せどころだ。 ロミーは、古臭い映画の女性像が進化し、格段に強力になってきた姿を見せてくれる。

夫ジェイコブとインターンのサミュエルの男性二人の描き方も自然で、愛すべき存在に見える。女性から見る男性像を無理なく的確に描写しているように感じた。もし『ベイビーガール』を見て違和感を感じる男性がいたら、女性目線の男性像はこうなのだ、と承知した方がいいかもしれない。

『ベイビーガール』は、セックスの問題があろうとなかろうと、コミュニケーションに悩む人なら見て欲しい。性愛描写もソフトで上品なことも付け加えておきたい。そして、どんな冒険サスペンスよりもドキドキさせられる。

(オライカート昌子)

ベイビーガール
3月28日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

監替/脚本:ハリナ・ライン
キャスト:ニコール・キッドマン、ハリス・ディキンソン、
アントニオ・バンデラス、ソフィー・ワイルド
配給:ハピネットファントム・スタジオ
原題:Babygirl
2024年|アメリカ|ビスタ|5.1ch|114分|PG12
字幕翻訳:松浦美奈
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