『ボブ・マーリー ONE LOVE』映画レビュー

毒薬のように愛を溢れさせる

分断化され、混沌とした令和の時代、聴くべき音楽を選ぶとしたら、バッハでもなく、ベートーヴェンでもなく、ビートルズでもなく、ボブ・マーリーの音楽だと思う。

ボブ・マーリーの音楽がどれほどパワフルで愛されてきたものなのか、私の体感ではあるけれど、1990年代当時は、香港の街角から、インドの寒村、パレスチナから、オーストラリア、行った先々で、ボブ・マーリーが流れていた。

日本でも、街の中で見渡せば、必ず何人かは、ボブ・マーリーの影響を受け、ラスタカラーを身に着けた人々がいた。世界の共通言語的にボブ・マーリーの音楽の素晴らしさは共有されていた。

湾岸戦争で毒ガス攻撃があると言われていた時、私は、夫の故郷のパレスチナのジェリコにいた。そこに住む人たちにとっては、世界の終わりかと思われたその日、ラジオからは延々と、ボブ・マーリーの音楽が流れていた。そのラジオ局は、イスラエルのものではなく、マルタの放送局だった。ボブ・マーリーの音楽は、不安を希望に変える力がある。特別な音楽であり、特別な存在だった。

ところが、いつのまにかボブ・マーリーは、知られざる音楽になっていたらしい。ボブ・マーリーという名前すら、聞いたことがないという同世代、若者が多かったのには驚いた。時の流れはあるにしても、なぜ? 

ボブ・マーリーが素晴らしいことは、いつの間にか非常識になっていたのか。

映画『ボブ・マーリー ONE LOVE』は、ボブ・マーリーの36年間の人生を彼の音楽にのせて描いている。封印されてきた力を解き放つように、愛の洪水を世界に溢れさせる。あなたが今までボブ・マーリーの音楽を聴いたことがなかったのなら、なおさら、劇場で彼の音楽の持つ力を体感して欲しい。

音楽は普通に時を超える。そして、直接的に心に効く。今でもバッハの音楽が、人々の世界に浸透しているように。ただし、ボブ・マーリーの音楽は、今まで通りの常識で生きていきたい人には、毒薬のような効果があるだろう。

(オライカート昌子)

ボブ・マーリー ONE LOVE
5月17日(金)全国公開
配給:東和ピクチャーズ
©2024PARAMOUNT PICTURES
監督:レイナルド・マーカス・グリーン(『ドリームプラン』)
出演:キングズリー・ベン=アディル(『あの夜、マイアミで』)、ラシャーナ・リンチ(『キャプテン・マーベル』『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』)
脚本:テレンス・ウィンター(『ウルフ・オブ・ウォール・ストリート』)、フランク・E・フラワーズ、ザック・ベイリン(『グランツーリスモ』)、レイナルド・マーカス・グリーン
原題:Bob Marley
2024年製作/108分/PG12/アメリカ