『海の沈黙』映画レビュー 絶対的な美の追求がもたらす運命

アートを題材にした映画は、触れることで日常世界に美の一滴をもたらす。『海の沈黙』は、絶対的な美を追求する主人公の姿を描いた映画だ。

物語は、美術品の贋作の発見から始まる。贋作とされた絵画は、人の心をつかむ力強さを持っていた。だが贋作とされたことで波紋を呼ぶ。おりしもゴッホやダ・ヴィンチの贋作がヨーロッパで問題になっていた。ある日、贋作者探索チームの一人が、北海道小樽のバーで、どこから見てもドガが描いたようにしか見えない絵画を発見した。かつて天才画家と称された津山竜次(本木雅弘)という男が浮かび上がる。

『海の沈黙』は長い時の流れが描かれているけれど、言葉だけで説明してしまうシーンがある。テレビドラマ的だ。名作テレビドラマを手掛けてきた倉本聰が構想した物語から作られているというのが、一つの理由なのだろう。日本映画的でもある。骨太の世界を繊細さに包んで描いているところは、もっと日本映画らしさを感じさせる。

個人的に印象深かったのは、第一ヒロインの安奈(小泉今日子 )ではない。安奈は竜次のかつての恋人。今は学生時代の竜次のライバルだった杏奈以上に美術界の権威、田村修三(石坂浩二)と結婚している、忘れがたく心に残るのは、第二ヒロインにも見える牡丹(清水美沙)の方だ。牡丹はなぜあのような道を選んだのだろうか。また竜次に仕えるフィクサーのスイケン(中井貴一)。彼もなぜそこまで竜次に尽くすのだろうか。

竜次の強く美を希求する激しい生き方は、自分本位だ。そこまで全てを賭ける人は滅多にいない。牡丹もスイケンもそこに魅せられてしまったのだろう。身近にそういう人物がいたら、私だって一時も離れたくないと思う。美の価値は計り知れないからだ。そして、わき目も触らず、何かに没頭する姿には引力がある。

安奈の夫のように権威やお金や地位を目指すのか、それとも、竜次のような危うい細い道を選ぶのか。『海の沈黙』は、二つの道と二人(三人か)の女性を対比させ、選択というより、そうせざる得ない生き方を鮮やかに示す。

『沈まぬ太陽』『Fukushima 50』の若松節朗監督作品。

海の沈黙
全国公開中
©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD
キャスト:本木雅弘
小泉今日子 清水美砂 仲村トオル 菅野恵 / 石坂浩二
萩原聖人 村田雄浩 佐野史郎 田中健 三船美佳 津嘉山正種
中井貴一
原作・脚本:倉本聰
監督:若松節朗
製作:曵地克之
プロデューサー:佐藤龍春 製作会社:インナップ
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTÐ