マークスマン 映画レビュー

『マークスマン』のリーアム・ニーソンは、スパイでもなく、神でもない、トラックや雪上車の運転能力が凄いわけでもない。海兵隊のスナイパーで勲章ももらっている。だからタイトルはマークスマン。だが、それはベトナム戦争中の遠い昔だ。今は一人、テキサスで牧場主をしている。一匹の犬とともに。

「人生は残酷なんだ」と彼は言う。どれだけまじめに働こうと、税金を払おうと、いいことがどんどんとやってくるわけではない。妻は世を去り、牧場経営も切羽詰まっている。部屋はごみため。アルコールは手放せない。

そんな彼が、不法入国を企てる親子に出会う。不法入国者を見つけたら、迷わず通報するタイプだったが、麻薬密売組織カルテルに襲撃されたため、とっさに彼らを助けてしまう。

母は命の瀬戸際で、息子ミゲルをシカゴの親戚まで送り届けてほしいという願いをジムに伝えるが、ジムは心を止めない。児童保護施設前で、ミゲルが国に戻されるのを待つカルテルのメンバーをを見るまでは。

そこから、メキシコ国境から、シカゴまでのアメリカ縦断の旅が始まる。執拗に後を狙うカルテルの一味と戦いつつ逃げる、サスペンス的な熱気と、ミゲルとゆっくり芽生え始める心の通い合いのロードムービー的要素が良い加減で交じり合う

ジムの旅は、今まで頼ってきたもの、これさえあればと抱え込んできたものとの、別れの旅でもあり、同時にミゲルからもたらされる新しいものを得る旅でもある。

人は死んでしまえば消えてしまうと言うジムだったが、ミゲルの母の鎮魂のために教会へ行くシーンは、彼が新たな視点を得たことを感じさせる。何かを捨て、何かを得る呼吸のリズムが映画を浸す。

しつこくジムを追ってきたカルテルのリーダー、マウリシオとの対決がついにやってくる。マウリシオは、ジムに国境の銃撃戦で弟を殺された。その恨みを心に抱えている。彼をストップされる者は迷わず殺戮してきた。ラストシーンに近づくに従って、善と悪が交差し、反転し、並列となる。

戦争とはいえ、人の命を奪ってきたジムと、生き残るため、復讐のため人を殺めてきた彼との対決。単純な対決ではない。互いへの尊重と、違った生き方への理解も伝わってくる。クリント・イーストウッド作品の製作チームとして長く働き、『人生の特等席』で初監督をつとめたロバート・ロレンツ監督の二作目は、渋みの味わいが濃い作品となった。

(オライカート昌子)

マークスマン
1月7日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
(C)2020 AZIL Films, LLC. All Rights Reserved.
配給:キノフィルムズ
監督:ロバート・ロレンツ 
出演:リーアム・ニーソン、キャサリン・ウィニック、フアン・パブロ・ラバ、
ジェイコブ・ペレス
2021年/アメリカ/英語・スペイン語/108分/カラー/スコープ/5.1ch/原題:THE MARKSMAN/G/字幕翻訳:高山舞子 提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ