居酒屋で、あるオトコいわく。

「ヒトラーはひでぇ奴だけど、映画の企画には貢献したな」

なるほど、毎年必ず「ヒトラー、ナチス」ものが映画化されている。

『サウンド・オブ・ミュージック』、『大脱走』、『ルシアンの青春』、『暁の七人』、『ソハの地下水道』、『ヒトラーの贋札』、『ライフ・イズ・ビューティフル』、『イングロリアス・バスターズ』、『ハンナ・アーレント』、『サウルの息子』、『ハイドリヒを撃て!』などなど、などなど。

ほーら、ルイ・マルからタランティーノまで、みんなナチスを撮ってきた。

正直、「ヒトラー、ナチス」の映画がない年はない。

最近でも、ナチス高官暗殺計画を描いた『ナチス第三の男』が公開されたばかり。

4月19日には、『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』という傑作ドキュメンタリーが控えている。

この2本に挟まれて、『ちいさな独裁者』は2月8日に公開される。

ね、「ヒトラー、ナチス」もの、今年も目白押しでしょ。

なにやら不謹慎な言い回しで申し訳ないほどだ。

さて、私は20年ほど前から、ドイツに6回お邪魔したが、その都度、驚いたことがある。

深夜になると、テレビであの収容所の記録映像が延々と映されるのだ。

男女別、裸にされ、毒ガス室で倒れていくユダヤの人々。

おびただしい数の亡き骸。

主人(あるじ)を失った眼鏡、入れ歯、ぬいぐるみの山々。

この記録映像はいまだ連日、深夜に流されているにちがいない。

なぜかと聞くと、「当時の事実を風化させないため」と言う。

「戦後、ゲルマンの血を薄めるために、ドイツ人は国際結婚を勧められたのよ」なんて笑い話のようなことも聞いた。

「ナチスの軍服がそうさせた! 質実で思慮深いドイツ人があんな酷いこと、できるはずがない。あれはナチスの軍服がさせたにちがいない」とも言う。

ドイツ映画『ちいさな独裁者』は、この軍服の魔力を描いた問題作だ。

映画の原題は、「大将」。

このタイトルが、勲章輝く軍服のアップにドーンと重なって映画は始まる。

1945年4月、終戦まであとわずかに迫ったドイツの実話。

偶然、大将の軍服を拾った二十歳の青年脱走兵の話、である。

この若き脱走兵に感情移入なんてコトは止めたほうがいい。

逃げ場のない緊張感あふれるシナリオがあるからだ。

まんまと大将になりすまし、「軍服」という権力を利用して、出くわした年上の兵士たちをどんどんと部下にしていく。

酒場や民家で食い散らかし、燃料が切れた軍用車をロープで引かせても表情ひとつ変えない二十歳のニセ大将ヴィリー・ヘロルト。

やがて、たどり着いた脱走兵収容所で部下に処刑を命じる。

「どの俳優も一度は精神的に参ってしまった」と、シュヴェンケ監督は過酷なシーンが続いた撮影現場を振り返っている。

「ヘロルト役のマックス・フーバッヒャーは、囚人がぎっしりと押し込められた留置所シーンでショック状態となり、撮影が中断してしまった。また、ヘロルトの命令で数十人の脱走兵を無惨に処刑していくシーンでも撮影中俳優が泣き出した」(プロダクションノートより)とある。

『ちいさな独裁者』のプロモーションで来日中のシュヴェンケ監督に3つの質問をしてみた。

戦時中、プロパガンダに利用されたドイツの名優、エミール・ヤニングス。

『ちいさな独裁者』を拝見して、ヤニングスの初期の名作『最後の人』(1925年)を思い出しました。

高級ホテルのドアマンを解雇されても、その制服を手放せなかった主人公。

多くの人に尊敬され、威厳を持ち続けたかったわけです。
誤解を恐れず、監督にお聞きします。

軍服を着ることによって、あのような大量虐殺ができたとお思いですか?

軍服、制服が人を変えるとお思いですか?

開映20分もしてから、ドーンと映し出される軍服にタイトルが重なる場面が、あまりにも強烈だったもので。。。

監督「70年以上経った今でも、先の大戦で行われた残虐さは理解しがたく、人を陰鬱な気分にさせます。位の高い軍服を着て仕出かしたヘロルトの行動を説明するには、彼が住んでいた世界や時代を理解しなければなりません。

私の場合、軍服というのは居心地が悪いし、耐えられないものです。すごく制限されているような気持ちになるので好きではありません。

ヘロルトについて補足するならば、劇中、ある時点まで軍服の効果を利用していますが、それ以降は軍服に操られているのです。

その場面を観客に感じ取っていただければ嬉しい。

それが私のメッセージだからです」

Netflixも含め、いまなおナチスを題材とした映画が毎年作られ続けています。

ドイツではテレビで、毎晩のようにナチスの記録映像が流されていた。

ドイツの若者たちはどのような気持ちで放送を見ているのでしょう?

監督「私も学校教育などを通してそういった記録映像はすべて目にしました。国の方針だからです。とくに、1968年生まれの私が子供だった頃は、平和主義という思いがドイツに強くあったと思う。収容所見学も学校で行われていた。

でも、第2次世界大戦の罪の意識を感じているのは私たち世代までなんじゃないかな。。。なぜなら私たちの世代は、親が戦争に行っていたりしているけど、今の若い世代の親は戦争に行っていない。つまり、彼らにとっては遠い過去なのだと思います。

どんな気持ちで記録映像を見ているかと言えば、代弁はできないけれど、おそらくそこで描かれる冷酷さにはきっと反応すると思うし、これが自国の歴史なのだと認識して見てくれているとは思うけど、私たちが持っていた罪悪感というのは若い世代にはないと思います」

エンドロールでは、現代のドイツに蘇った登場人物たちが、通行人や観光客の物をくすねたりと悪態をついていました。

ここには、難民受け入れや政策への国民感情、外国人労働者への批判などが見え隠れしますが、エンドロール映像の監督意図をお聞かせください。

監督「このシーンは、私がどうしても撮影したかったものです。しかし、具体的にどうするか決めるまでには時間がかかりました。いろいろとアイデアは出ましたが、シンプルに、そして自然に表現できるような演出として、最後に思いついたのがあの形でした。

つまり、軍服を着た兵士たちが車を走らせて、現代のドイツにたどり着く。そして兵士たちは普段どおりに振る舞い、その場にいた人たちの反応を見るというものです。

ゲリラ的に撮影しました。明らかに軍用車で通行してはいけない通りで、堂々とナチス記章を付け、本物の武器を乗せた車を走らせました。すると、数人がヒトラー式の敬礼をしてきたのです。からかっただけなのか、もっと他の意図があったのか、理由は分かりません。

撮影は、公園でも続けられました。

突然、ナチスの軍服を着た連中に、『パスポートを見せろ』と言われたら、自由主義で現代的な思考を持つ私たちはどのように対処するのか興味があったからなんです。もちろん、一部スタッフの反論はありましたが」

監督が話好きで長文になったので、いま一度言うよ。

ドイツ映画『ちいさな独裁者』は、軍服の魔力を描いた問題作だ。

映画の原題は、「大将」。

このタイトルは、勲章輝く軍服のアップにドーンと大写しされて映画は始まる。

ブランド品やら、肩書きやら、忖度(そんたく)やら、

日本人はどーにもこーにも気を使いすぎる。ちゃっこすぎる。

流されるな。ビビるな。我を持て!

『ちいさな独裁者』は、いま見るべき映画である。

私は、もう一度見る。

(文/取材 武茂孝志

『ちいさな独裁者』ロベルト・シュヴェンケ監督・脚本

キャスト:マックス・フーバッヒャー 、フレデリック・ラウ 、ミラン・ペシェル、アレクサンダー・フェーリング、ベルント・ヘルシャー、ワルデマー・コブス

2017年・ドイツ、フランス、ポーランド合作・ドイツ語・119分・カラー

2月8日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA 他 全国公開

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