
イラン映画の魅力は、レベルの高さだ。ストーリーに演技、撮影術に芸術性。有名どころで言えば、映画評論家の淀川長治さんが高く評価した『桜桃の味』で有名なアッバス・キアロスタミ監督作品。私が最近うなった映画はアスガル・ファルハーディー監督の『英雄の証明(2021)』だ。イラン映画は見逃せないと思っている観客も少なくないと思う。
『聖なるイチジクの種』には、今のイラン映画の凄みがある。監督はモハマド・ラスロス。前作は『悪は存在せず』(2020年)。『聖なるイチジクの種』は、スリラーラスペンスの枠ながらも、今イランで起きている状況を描こうとする強い意思が染みわたっている。
『聖なるイチジクの種』は、テヘラン在住の一家の様子からスタート。父親のイマンは 20年間にわたって国家公務に携わってきた。勤勉さと愛国心を評価され、ついに調査官に昇進することができた。それまでは子どもたちにも父親が何の仕事をしているのかも伝えることができなかったのだ。
官舎の広いアパートに移ることができる、子どもたちにも父親の仕事を知らせることができる。ひとつ懸念があるとしたら、イマンが新しい仕事に就くにあたって銃を支給されたことだ。それは自衛のため、そして家族を守るため。
それだけ危険な仕事だったのだ。国内でちょうど巻き起こっていたのが、「女性・人生・自由 運動」だ。反政府デモが通りや学校・大学で行われ、イマンの娘たち、姉のレズワン、妹・サナも最初はSNSで拡散されるデモの様子を隠れ見ていただけだったが、やがて否応なしに巻き込まれていく。その時、家庭内で一つの事件が起きる。
『聖なるイチジクの種』は、今までのイラン映画ではあえて描くことをしなかった政府に対する厳しい視線と現在起きている状況への連帯の思想がある。アッバス・キアロスタミ監督は、『聖なるイチジクの種』以前に国家安全保障に反する罪によって懲役 8 年、鞭打ち、財産没収の実刑判決を受けている。
『聖なるイチジクの種』も秘密裏に撮影・製作され、アッバス・キアロスタミ監督は2024 年に国外へ脱出。28 日間かけてカンヌ国際映画祭に足を踏み入れ「聖なるイチジクの種」のプレミアに参加。本作は審査員特別賞を受賞した。
『聖なるイチジクの種』の凄みは、テーマがどんどん深堀されていく螺旋のような世界だ。一つの家族を題材に、何を大切に生きるのかという課題、人の心のわからなさと愛情と理解がスリラーの緊張感を持って描かれている。世界で起きていることと個人内で起きていることは無関係ではない。
聖なるイチジクの種
2月14日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
配給:ギャガ
©Films Boutique
監督:モハマド・ラスロフ
出演:ミシャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニ、
マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキ
原題:The Seed of the Sacred Fig
2024年 フランス・ドイツ・イラン
カラーシネスコ 5.1ch 167分
字幕翻訳:佐藤恵子