『82年生まれ、キム・ジヨン』映画レビュー

生きていくことは、いくつもの曲がり角に突き当たること。できれば困難には出会わずに、スムーズにいきたいけれど、そうはいかない。『82年生まれ、キム・ジヨン』は、そのことをそっと思い出させてくれる。

キム・ジヨンは、収入も見かけも良い夫を持ち、二歳の娘に恵まれ、都会のお洒落なマンションで暮らす専業主婦。

はたから見たら、羨まれて当然の生活だ。ところが、彼女の心を得体のしれないものが蝕み始めている。それを彼女は知らない。気づいているのは、夫だけだ。

ストレスのなせる業か、心の病なのか、滅多にないことではあるが、ジヨンの言葉が他人がしゃべっているように変わる。

夫は、心配して心療内科へ行くが、本人が来なくては診断できないと言われてしまう。そうは言っても、夫は本人に指摘することはできない。かえって悪化してしまうのではないかという恐れもある。楽にしてと気を遣うだけだ。

ジヨンの方も、何か問題があるのは感じている。映画は、彼女の夢と希望でいっぱいだった少女時代、徐々に世界が思っていたより平和な場所ではないと感じ始める思春期時代を挟んで、日常と心の世界を描いていく。

希望の会社に就職できて有頂天だったのに、現実は厳しい。女だからということで、評価されない悔しさにも突き当たる。

ジヨンの人生は、まっすぐどころか、曲がり角にぶつかりながら、ジグザグに進んでいるよう。

私の物語に似ている。きっとあなたの物語にも似ているはずだ。

ジヨンのように、発する言葉が、他人のセリフになることはなくても、子どもの頃から何回も言われた言葉を知らずに心の中で繰り返していないだろうか。自分はこうだと、決めつけて、可能性を狭めていないだろうか。

わたしの言葉は、どこまで私の言葉なのだろうか? わたしは自分の言葉を見つけ出せるだろうか。

ジヨンはやがて自分の道を歩む方法を見出していく。彼女を取り巻く家族や友人の力を借りながら。

他人になりかわったようなジヨンの妙な言動は、曲がり角を示す、サインだったのかもしれない。時に挫折や病など、不運にしか見えないようなものが、大きな贈り物だったことに気づくことがある。

ジヨンの映画は、決して冷たく硬いものではなく、ゆったりと繊細に、柔らかくよく効く薬のように体にしみわたっていくようでもある。

人間の不思議さ、人生が持つ宝箱のようなリセットスイッチの存在を思い出させてくれる。、そして人生に対する愛おしさで心がいっぱいになる作品だ。

オライカート昌子

82年生まれ、キム・ジヨン
10月9日(金)より 新宿ピカデリー他 全国ロードショー
© 2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.
監督:キム・ドヨン/出演:チョン・ユミ、コン・ユ、キム・ミギョン 
原作:「82年生まれ、キム・ジヨン」チョ・ナムジュ著/斎藤真理子訳(筑摩書房刊)
2019年/韓国/アメリカンビスタ/DCP/5.1ch/118分 
原題:82년생 김지영 
配給:クロックワークス