『侍タイムスリッパー』映画レビュー 映画の世界でも個人の逆襲が始まった!

みんなこのような映画を待っていたのではないだろうか。出会えてうれしい映画。楽しくて、少しほろ苦く、余韻も深い。『侍タイムスリッパー』に初期に出会えた人は幸せだ。人に勧める喜びも味わえるから。

『侍タイムスリッパー』は2024年8月17日から、たった一館で公開された。SNSで評判を呼び、一か月後に拡大公開という、自主映画としては奇跡的な出来事が起きた。

『侍タイムスリッパー』は、どんな映画なんだろうか。拡大公開の一足先に見ておこうと、池袋シネマロサまで足を向けた。もちろん、満席だ。

幕末会津藩の侍、高坂新左衛門(山口馬木也)は、雷に打たれて、現代にタイムスリップしてしまう。前半はコメディ風味だ。どこにスリップしたのかがキモ。

『侍タイムスリッパー』の気分の良さの理由の一つは、主人公、高坂新左衛門の個性だ。重厚というよりはシンプルで素直、軽妙感や余裕もある。よく映画で描かれる”サムライ”より、リアルに感じさせてくれる。どこにでもいる”おっさん”にも見えると言ったら言い過ぎか。会津弁をしゃべるので、のどかさもある。

映画のつくりには、オーソドックスな端正さがある。脚本は、教科書からでてきたように正統的だ。殺陣は美しい。

最初は、みんなが大好きな、「陸に上がった魚」設定。「陸に上がった魚」は、タイムトリップ映画のお約束であり、見知らぬ慣れない場所に行った主人公の右往左往がおもしろい。高坂新左衛門は、果たして現代を生き抜くことはできるのか。どのように?

そして、思いがけない”転機”が来る。この転機は、一つではない。転換するごとに深みと凄みが増していく。高坂新左衛門も、”サムライ”としての真価をしっかり見せてくれる。映画的にも最高のシーンが待っている。

最近、『ソウルの春』、『ランサム 非公式作戦』など、韓国映画の自国の暗部をエンタメを絡めながら描く心意気を感じさせる映画に出会ってきた。『流転の地球 -太陽系脱出計画-』や『熱烈』など、中国映画は、特にエンターテイメント分野で、ハリウッドをしのぐエネルギッシュな本気度がある。それなら、日本映画はどうなんだ? という気持ちもあった。

日本映画もルネサンスかと思えるほど、力のある映画が増えてきている。だが、個人や小さなグループが、その豊かな土壌の基本だ。大手が今まで通りの映画作りで、今まで通りの宣伝で映画を流通させてきたけれど、少し事情が変わってきている気配がある。

それこそ、個人の逆襲だ。『侍タイムスリッパー』は、製作は、未来映画社の少人数のメンバーと安田純一監督個人の力が大きく、話題を広げるのは、私たち個人の力も大きい。形だけでなく、中身も、日本の映画らしさを感じさせてくれるところにも注目だ。

『侍タイムスリッパー』の、最後のシーン。おおっ、そうくるのかとニンマリしてしまった。締めのうまさもオーソドックス。美味しい料理は、最後の一口までおいしい。

(オライカート昌子)

侍タイムスリッパー
絶賛公開中
©2024 未来映画社
配給:ギャガ 未来映画社
監督;安田淳一
キャスト:高坂新左衛門役/山口馬木也、風見恭一郎役/冨家ノリマサ、山本優子役/沙倉ゆうの、殺陣師関本役/峰 蘭太郎、住職の妻節子役/紅 萬子、西経寺住職役/福田善晴、錦京太郎役/田村ツトム
2023年製作/131分/G/日本