『石門』映画レビュー 門を通り抜けたときに残るものは?

映画には、入口と出口がある。映画『石門』は、入口と出口の落差に、普段とは違った感覚があった。ストーリーには、観客を強く引っ張るような仕掛けも大きな謎もないけれど、『石門』が連れて行ってくれるのは、よくある映画とは少し違う場所だった。

『石門』の主人公は、20歳の女性リン(ヤオ・ホングイ)。彼女の夏から春までの10か月間が淡々と綴られている。

リンはフライトアテンダントを目指す大学生。航空会社の採用試験に受かるためには英語学校に通わなくてはならない。お金がかかる。長沙で漢方店を営む父にも婦人科医の母にも頼める状況にない。それどころか、母の賠償問題と、予期せぬ妊娠がリンに降りかかってきた。

『石門』では、ストーリー以外のものが、大きな役割を持つ。それは日常風景だったり、人物の内面だったり、音だったり。

映画の大部分が中距離の定位置カメラで描かれている。リンの顔も近くなることはまれで、はっきりと見せてくれない。音も周囲の自然音のみの場面が多い。音楽が流れるまでも、しばらくかかる。何も起こらない時間、会話のない時間も多い。説明もない。それなのにその手法に、いつしか吸い込まれていく。

ずっと定点中距離カメラだったのが、ここぞとばかりにズームアップする場面がある。リンの顔をしっかり映してくれる。ドラマ性も高まって、リンの存在は、友人のような、自分を反映しているような存在のような気分にもなる。『石門』の出口までくると、リンだけでなく、父母もボーイフレンドも、仕事仲間にもかけがえのなさを感じた。

『石門』という映画を見ることは、大きな門を通り抜けるような経験だった。私の場合に限れば、門を通り抜けた先の光景で見つけたものは、懸命に生きている人への愛おしさと理解だった。

『石門』の監督は中国湖南省出身のホアン・ジーと東京出身の大塚竜治。夫婦で監督ををつとめたのは、『石門』で三作目となる。『卵と石(2012)』、『フーリッシュ・バード(2017)』がある。いずれも主演に『石門』でも主演しているヤオ・ホングイを起用。

『石門』は 2023年11月に行われた金馬獎で日本資本の作品として初めて作品賞を受賞。台湾で行われる金馬獎の過去の作品賞受賞作には『牯嶺街少年殺人事件(91)(エドワード・ヤン監督)』、『グリーン・デスティニー(00)(アン・リー監督)』、『インファナル・アフェア(00)(アンドリュー・ラウ監督)』、『ラスト・コーション(07)(アン・リー監督)』、『1秒先の彼女(20)(チェン・ユーシュン監督)』などがある。

(オライカート昌子)

石門
2025年2月28日(金)より
新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開
配給:ラビットハウス
©YGP-FILM
監督:ホアン・ジー 大塚竜治
出演:ヤオ・ホングイ リウ・ロン シャオ・ズーロン ホアン・シャオション リウ・ガン
2022/日本/中国語/2時間28分/DCP/原題:石門/英題: Stonewalling