ロマンチックなだけでなく、程よい毒が心に刺さる
『チキンとプラム~あるバイオリン弾き、最後の夢~』は、うっとりするほどロマンチックで美しく、コミカル。そして徹底的に人生の残酷さを描いている作品でもある。
バイオリンを壊されたヴァイオリニスト、ナセル・アリが死を決意するところからストーリーが始まるのだが、残酷の理由はそれだけではない。
バイオリンを壊されたからといって、ナセル・アリが手をこまねいたわけではなく、代わりのバイオリンを探しに旅にでる。妻は仕事で子供の世話はできない。だから子連れでバスに乗る。
探そうとも、代わりがきかないものはある。特別なバイオリンを奏でる喜びもそうなのだろう。愛も代わりがきかない。素晴らしく美味しいチキンのプラム煮があったとしても。
そこで妥協をしてしまうのが一般人。主人公ナセル・アリは、芸術家なので、偽物を本物の代わりにできない。たとえ人生を賭すことになろうと。
死を決意したナセル・アリは、人生を振り返る。描かれる8日間は、ナセル・アリの決断の謎を解いていくストーリーにもなっている。結末は、美しくも無慈悲だ。
ナセル・アリの人生を俯瞰しながら、人生というもの全般がダイナミックに浮かび上がってくるようでもある。誰しも秘められた物語を隠し持ったままこの世を去っていくのだ。
『チキンとプラム~あるバイオリン弾き、最後の夢~』は、はかないロマンチックな物語に素直に浸れれば甘くもあるけれど、チキンのプラム煮に関わる愛憎のやるせなさは、極めてビターだ。甘さに針が仕込んであるかのような映画なのである。 (オライカート 昌子)
チキンとプラム~あるバイオリン弾き、最後の夢~
11月10日(土)ヒューマントラスト有楽町、新宿武蔵野館他全国順次ロードショー
公式サイト http://chicken.gaga.ne.jp