『ロシュフォールの恋人たち』(1967)を思い起こさせる賑やかなミュージカルシーンで始まり、登場人物が歌いながら観客の方を向く。困ったな、わたしの苦手な歌うミュージカルドラマになるかと一瞬思ったが、車から衣裳までブラウンでまとめたセバスチャン(ライアン・ゴズリング)が不機嫌な顔で登場。これはハッピーな恋愛サクセスストーリーではないよと目配せする。
ドラマの結構は全く違うけれど、わたしの中では、セバスチャンは『ドライヴ』(2011)のライアン・ゴズリングと無理なく重なる。セバスチャンの夢が叶い、恋がうまくいくことより、夢と恋がどうねじれていくかを見たいという願望がめばえる。わたしは幸せな色男顔の彼を見るのがきらいなのだ。
何年も女優になる夢を追っているミア(エマ・ストーン)は、自分の店を持ち自由に演奏する日を夢見るジャズピアニスト、セバスチャンと恋に落ちる。互いの夢を尊重し合う二人だが、金のために妥協したセバスチャンが人気バンドのピアニストとして成功し、ミアの自作自演の芝居が不成功に終わったことからひび割れが生じる。「君は優越感のために不遇の俺を愛した」「冗談よね」「……」。大事に育んでいたはずの恋は、いとも簡単に壊れてしまう。
考えれば、夢と恋の狭間でもがく恋人たちの、泥くさい七転八起物語である。ところが、この映画は主人公たちのシリアスな心理を弄ぶことなく、速やかに歌い、踊り、演技し、演奏し、ロサンゼルスの美しい景色に目を転じさせる。なにもかもご存じのことばかりでしょう、だからわれわれは映画というマジックの技量を最大限に発揮して皆さまをおもてなしいたしましょう、という高らかな宣言が聞こえる。ライアン・ゴズリングとエマ・ストーンは、その水先案内人として一世一代の見事な働きを見せるのである。
セバスチャンが桟橋で拾った黒い帽子を優雅にあしらって黒人男性に返し、同伴の女性の手を取ってダンスをし、男性に軽くとがめられるという、なんということもないシーンが好きだ。ライアン・ゴズリングの色男ぶりが溢れんばかりだが、それをさらりと終わらせてしまう演出の呼吸が抜群だ。
この映画の緻密に構成されたすべての場面は、きっと、サクセスを夢見て叶わず敗退して行った、膨大な数の人々の夢の記憶に支えられているのだ。逆に言えばすべての達成されなかった夢こそが、この映画の華やぎの根っこにぎっしりつまっている。この映画はそういう夢たちへの鎮魂歌でもある。
誰もが堪能するに違いないエンディングの「ありえたはずのもう一つのサクセス」は達成されなかったからこそ美しい。ひょっとすると、手に入らなかった夢こそが人生を最も輝かせるのではないだろうか。
(内海陽子)
ラ・ラ・ランド
監督:デイミアン・チャゼル
CAST ライアン・ゴズリング/エマ・ストーン
脚本 デイミアン・チャゼル
上映時間 128分
製作国 アメリカ
配給会社 ギャガ/ポニーキャニオン
公式サイト http://gaga.ne.jp/lalaland/
2月24日 TOHOシネマズみゆき座他全国ロードショー