『ケイコ 目を澄ませて』映画レビュー

『ケイコ 目を澄ませて』は、音が印象的な映画だ。ボクシングジムでのスパークリングの音、ランニングの時の、ステップの音。川の流れ。

この映画の主人公は生まれながらの聴覚障害を持つプロボクサー、小笠原恵子。『ケイコ 目を澄ませて』は、彼女の自伝をもとに描かれている。音のリズムと下町の街並み、清浄な空気感が漂う。ケイコの日常を描きながら、居心地の良さが、すみからすみまで覆っている。

作品を作り上げたのは、『きみの鳥はうたえる(2013)』の三宅唱監督。ケイコを演じるのは、最近注目作に出演することの多い、『愛がなんだ』の岸井ゆきの。彼女は、愛くるしい外見のためか、朗らかな役割を演じることが多いが、この作品での姿は異質だ。

傷だらけの姿を見せ、緊張と真剣さが印象深い。彼女が演じる役柄は、生まれた時から耳が不自由な女性。それをはねのけ、プロボクサーになる夢を成し遂げている。真剣な練習と、試合の時の集中力を人並み以上に磨いたのだろう。

だが、この映画は、それにこだわらない。ケイコの日常と、彼女を取り巻く人々。そして、日本最古のボクシングジムの運命を緩急自在に描き出す。特別に力を入れることなく、普通の日常がすんなりと染みわたってくる感覚がある。そして、岸井ゆきのが、ときおり見せる、持ち味の愛らしさと、普通さが、アクセントととなって顔をだす。

ケイコは日々、仕事であるホテルの清掃と、ボクシングジムでの鍛錬を続けていたが、心の中は複雑だ。このままでいいのかという思いがある。彼女を支えるジムの会長(三浦友和)に休会の手紙を書くが、渡すこともできないままだ。

古びた小さなジムは、会員の数も減少傾向。会長の健康問題もあり、閉鎖が発表される。

ケイコの日常を描きながらも、底流にある戦後の日本を色濃く残す下町と、全てがゆっくり変わっていくことを感情を交えずに描き尽くす普通さが、この映画の一番の特色だ。

(オライカート昌子)

全国公開中
2022年製作/99分/G/日本
配給:ハピネットファントム・スタジオ
(C)2022 映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINEMAS
監督:三宅唱
キャスト;岸井ゆきの
三浦誠己 松浦慎一郎 佐藤緋美
中原ナナ 足立智充 清水優 丈太郎 安光隆太郎渡辺真起子 中村優子
中島ひろ子 仙道敦子 / 三浦友和
原案:小笠原恵子「負けないで!」(創出版)