
監督のジェーン・シェーンブルンは制作秘話をこう話す。
「スピルバーグの『A.I.』(2001)を繰り返し見続けました。
リドリー・スコットの『ブレードランナー』(1982)も何度も見ました。
とても鮮やかで豊かに強調された色彩で描かれた大胆さを感じる映画です」
だから、『テレビの中に入りたい』も『ムーンライト』(2016)や
『WAVES ウェイブス』(2020)のようにその色彩に感情がある。
ピンクの靄(もや)に覆われた画像。
それはあるテレビ番組の虜になった二人のティーンエイジャーが
ブラウン管に手招きされ、やがてテレビの中に吸い込まれて行くような感覚だ。
そうそう、ホラー映画『ポルターガイスト』(1982)のように
テレビに喰われ、やがてモノクロの砂嵐画面で
何もなかったような静けさになる恐怖。
この映画、一体これからどうなるの?
トランスジェンダーでノンバイナリーであることを公表している
シェーンブルン監督は多感な思春期の頃に出会ったカルチャーや
フィクションを、自分自身や自分の心を見つける場所として設定し、
「魂の牢獄からの脱出」というテーマをロマンティックな
美しさをたたえて描き出したと言う。
物語の起点となるのは90年代のアメリカ郊外。
閉塞した日常をやり過ごしながら、
自分のアイデンティティにもがく若者たちの切なく幻想的な
青春メランコリック・スリラーが魅惑の映像世界と共に展開する。
毎週土曜日。孤独なティーンエイジャーのオーウェンとマディにとって、
謎めいた夜のテレビ番組『ピンク・オぺーク』は、生きづらい現実世界を
忘れさせてくれる唯一の居場所だった。
やがて、オーウェンとマディは次第に番組の登場人物と自分たちを
重ね合わせるようになっていく。
映画『テレビの中に入りたい』の共同製作を務めるのは、
俳優エマ・ストーンが設立した制作会社フルーツ・ツリー。
すでに 『哀れなるものたち』(2023)や『リアル・ペイン~心の旅~』(2024)
といったオスカー受賞作も生み出している今注目のスタジオである。
撮影は35mmフィルムを使用しているのが興味深い。
二人のティーンエイジャーがどハマりする劇中のテレビ番組
『ピンク・オぺーク』の映像も35mmで撮影されているが、
のちにそのフィルムをVHSとベータマックスに変換。
夢と現実、映画とテレビの狭間のように感じられる独特の質感を作り出した。
劇中のテレビ番組『ピンク・オぺーク』は最終回を迎えるが、
テレビがアナログからデジタルに変貌して行くように、
フィルムの時代が終わった映画館もやがて消えていく運命にあることを
こっそりと知らされるようで物悲しい。
映画『テレビの中に入りたい』は、やがて世の中もAIに占拠されて
生き物が住みづらくなるだろう恐怖を匂わせる。
だから、主人公が成長してLGの大型4Kテレビを買うシーンは意味深い。
ピンク色に光る闇の中に、あなたも引き込まれるかもしれない――。
そんな怪作だ。
『テレビの中に入りたい』
9月26日(金)より、
ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
原題:『I saw the TV glow』(100分)
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