『あの頃。』

2000年代初頭は、近くて遠い。まだ、パソコンも普及し始めて間もない頃だ。映画『あの頃。』の主人公、劔(松坂桃李)の部屋には、初代iMacスケルトンボディが愛らしく置いてある。携帯電話もみんなが持ち始めたばかり。

音楽業界では、1998年にハロープロジェクト第一号の『モーニング娘。』がデビューした。J-POPが一番輝いていた時代だった。これから始まる!という期待が、日々を取り巻いていたような気がする。

『あの頃。』で描かれるハロプロの応援に夢中だった男たちの群像劇は、その熱中の時代と、新世紀へのワクワクをよみがえらせてくれる。同時に「今」を生きる気力も与えてくれる。

『あの頃。』の監督は、今泉力哉。ヒットを記録した映画『愛がなんだ』でもそうだったが、対象との距離の取り方が上手い。近づき過ぎず、遠すぎない。その上、自在。誰かに重度の肩入れをすることもない。冷静で等質な眼差しの優しさが特徴だ。

劔を演じる主演の松坂桃李は、実力もさることながら、主演の軸を保ったままで、時には気配を消すこともできる。今泉監督とのコンビは、そのあたりの強弱や映画のポイントを表わすのにピッタリだ。

『あの頃。』2
『あの頃。』には、ノスタルジーやセンチメンタル頼らず、時代の雰囲気を笑いと軽さと優しさで包みこむところがある。

冒頭がいい。バンドとバイトの掛け持ちで、消耗しきっていた劔を心配した友達が、「これを見て、元気出せや」と、松浦亜弥のDVDを差し入れてくれる。何気なく見始めた劔の顔がみるみる変わっていく。涙すら浮かぶ。大切なものとの出会い、であり、心に温かみが迫ってくる瞬間でもある。

さっそく立ち寄ったCD店で、ハロプロを応援するイベント案内のチラシをもらう。そのイベントへ行ったことが、ハロプロを愛し、ハロプロ応援が生きがいの仲間との出会となり、劔の人生が、明るく展開していく。登場人物たちは、心温かくなるもの、大好きなものを意識して持ち続けている。大好きなものがあるときはいつも現在形で、過去や未来に頼らない。だから、どんな状況に限らずに劔はこう言うことができる。「今が最高に楽しいです」と。

出会いと、「卒業」。アイドルがいつか卒業していくように、物事は変化していく。楽しい時にも終わりがあり、終わりは新しさとの出会いの始まりだ。『あの頃。』は決してハロプロオタク映画ではない。大切なものにどんどん出会って、自分も同時に変化していくストーリーなのだ。

(オライカート昌子)

『あの頃。』
2021年2月19日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか
全国ロードショー

配給:ファントム・フィルム
©2020『あの頃。』製作委員会