『藁にもすがる獣たち』映画レビュー

韓国発の映画やドラマには、ちょっとしたルールがある。あなたも気づいているかな。

そのルールというか、お約束は、ストーリー上の設定で、多くの作品が当てはまる。そのルールのおかげで、監督映画やドラマは、枠の範囲内に描くためエンタメ要素に注意を配る余裕もできる。観客の見た後のスッキリ度も期待できる。

アカデミー作品賞受賞の『パラサイト 半地下の家族たち』も例外ではないし、今回紹介する、韓国ナンバーワンヒット映画『藁にもすがる獣たち』もそうだ。

そのルールは、例えばインド映画なら、ダンスや歌が入るとか、一般的な恋愛映画なら、上手くいっているのに、必ず終了間近に破局に近い出来事が起こるとか、そういうものだ。

これに気づくと、ルールをどう生かすのか、作り手の意図が見えてくる。面白い韓国ドラマや映画をさらに楽しめるわけだ。話の流れがわかってしまう欠点はあるけれど。

『藁にもすがる獣たち』は、江戸川乱歩賞作家、曽根圭介の同名ミステリーが原作。つまり、日本の小説が元になっている。日本の場合は、映画にしても本にしても、明らかなルールというものはないはず。

だから、ルール無用の日本の小説を、ルールの範囲内で描く韓国映画をどう料理するのかが、『藁にもすがる獣たち』の気になるポイントだ。

『藁にもすがる獣たち』の最初のシーンに登場するのは、ヴィトンのボストンバックだ。案の定、その中には札束がぎっしり詰まっている。サウナのコインロッカーに預けられたボストンバックは、翌朝もそのまま。

家業を廃業し、認知症の母の世話は妻に任せざる得ない状態で、サウナの従業員としてアルバイトをしているジュンマン(ペ・ソンウ)が、それに気づく。彼のサウナでの働きぶりを見ると、彼が真面目な性格なのはよくわかる。

ギリギリの生活をしているジュンマンは、ボストンバックの中身に心が揺れる。彼はどうするのか。例のルールを知っていると、それがすごく気になってしまう。

ボストンバックの中身(つまり札束)を巡って、あくが強く興味深く、魅力もある登場人物が次々と現れる。逃げた恋人に多大な借金を背負わされた出入国審査官、テヨン(チョン・ウソン)、夫にDVを受けている、株式投資で多大な借金を背負わされた主婦ミラン(シン・ヒョンビン)。

誰もが藁をもつかみたい思いで、大金を切望している。ボストンバックの中身はどこからやってきたのか、最終的にどうなるのか。サスペンスの熱量は十分だ。

垢ぬけた表現力で、今回が長編映画初挑戦となる監督、キム・ヨンフンは観客の心をしっかりとつなぎとめてくれる。

ところで、前述した韓国映画・ドラマの枠となるルールは、”因果応報”。

悪いことをしてしまうと、その報いを受ける。小さな悪でも同じ。いい人が悪いことをしても、しっぺ返しが起きる。独特なのは、その釣り合い具合のバランスの良さ。

世界のほとんどの映画界は、そんなルールはないので、悪が最後に栄えることもあり得る。韓国映画・ドラマの場合はそうはならない。観客は、悪者は報いを受けることを知っているので、その過程に気を揉むことになる。

もし、感情移入できる登場人物が、悪いことに手を染めようとしたら、とても気になってしまう。必ず報いを受けてしまうのだから。その”釣り合いの取れた因果応報”という枠のおかげでサスペンス量の増大は限りないものとなる。

ところで、この因果応報は、ファンタジーなのだろうか。この悪は必ず報いを受けるというルールを、極限まで磨きぬいた韓国のエンタメの作り手、同時に観客は、ファンタジーではないと信じているのではないだろうか。現実もそうあってしかるべきだと。

このようにして見ると、『藁にもすがる獣たち』の成り行きは実に上手い。すっきりしている。ラストは特に。

この人物はどうなるのだろうか、と思いを馳せると、サスペンスは永遠に終わらない。

(オライカート昌子)

藁にもすがる獣たち
Copyright (C) 2020 MegaboxJoongAng PLUS M & B.A. ENTERTAINMENT CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED. (C)曽根圭介/講談社
2020年製作/109分/G/韓国
原題:Beasts Clawing at Straws
配給:クロックワークス