『アナザーラウンド』適度さと羽目外しのスウィングが心地よい祝宴映画

「身体中に力と勇気がみなぎる。自信とやる気と上向きの人生」。それが、簡単に手に入る。必要なのは、多少の自制心だけ。

人生が下降気味で倦怠感の雲に覆われていたら、この秘訣に身を乗り出すだろう。『アナザーラウンド』の場合は、ノルウェー人哲学者が提唱した0.05%の血中アルコール濃度を保つこと。冴えない高校教師4人組が、この仮説を実行に移す。

『アナザーラウンド』は、苦みとおかしみ、完全さと不完全さを持つ人生そのものを称えている。壮大な祝宴映画だ。「はみ出し度と程よさ」も主題となっている。大人のお酒との付き合い方のモデルのようでもある。

北欧世界は、整然としていて適度が服を着たようなイメージがある。だが半面、夏の間のバケーションでは思い切って羽目を外す。お祭りと適度の間を行ったり来たりして、人々はバランスを保ち世界を形作っているのだろう。ブーメランかスウィングのように。

そのバランスは意識していないと、崩れやすい。歴史教師マーティンの場合もそうだ。ある日、保護者がマーティンに会いに来る。彼の授業の進め方に不満があると言う。堅苦しい。彼の授業に、学生たちは耳を貸さない。家では家族の心も離れている。

友人の誕生日ということで、レストランに集まった教師仲間の4人組は、突然涙ぐむマーティンの元気のなさに驚く。昔はジャズバレエを踊り、研究者として華々しかったマーティンはいつしか、覇気のない中年男になり果てていた。

そこで、心理学の教師、ニコライが、かのノルウェー人の哲学者の仮説を話題に出すのだ。研究してみたい、結果を論文にまとめたい。「一緒にやらないか」と。

そこから、「0.05%の血中アルコール濃度を保つ」チャレンジが始まる。彼らの人生は変わるのか。変わるとしたらどう変わるのか。スリリングとチャーミングさと端正さがうまくミックスされていて、いかにも北欧的なクリーンさが、酒飲みの世界ですら美しく見せる。酒飲みをよく知っている身になればなるほど、リアルさを感じる。

血中アルコールチャレンジは、うまくいきつつあるのだが、ある時、危険でネガティブでディープな世界にもチャレンジしようと、話は大きくなっていく。そのシーンの、スリルと端正の両輪は、見事としか言いようがない。シャツを脱ぐように適度さを捨て去り、羽目外しの世界に飛び込んでいく。好奇心にせっつかれるように。それがどれほど危険なことか、知っている人は知っているのだが。

酒場のシーンでは見事なダンスも披露する。ただ、ジャズバレエの名手のはずのマーティンは踊らない。なぜ? お楽しみはこれからだからだ。

最後の羽目外しに向けて、祝宴の予感と、ブーメランは徐々に目盛りをあげていく。精彩に欠けていたマーティンはどこで、弾けるのか。なだらかでいて、ギャップのある演技。幅を自在かつ伸びやかに魅せてくれるマッツ・ミケルセンは、さすが「北欧の至宝」。しかも現実に元バレリーナだ。ため息がつくほどきっちりと、やることはやって、至宝の名を裏切らない。


(オライカート昌子)

アナザーラウンド
9月3日(金)より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、
渋谷シネクイントほか全国順次公開

●スタッフ
監督:トマス・ヴィンターベア(『偽りなき者』ほか)
脚本:トマス・ヴィンターベア、トビアス・リンホルム(『ある戦争』ほか)

● キャスト
歴史教師マーティン:マッツ・ミケルセン(『偽りなき者』ほか)
心理学教師ニコライ:マグナス・ミラン(『ザ・コミューン』ほか)
体育教師トミー:トマス・ボー・ラーセン(『真夜中のゆりかご』ほか)
音楽教師ピーター:ラース・ランゼ(『偽りなき者』ほか)
マーティンの妻アニカ:マリア・ボネヴィー(『リンドグレーン』ほか)

2020年/デンマーク・スウェーデン・オランダ/117分

配給:クロックワークス

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