『ぼくは君たちを憎まないことにした』映画レビュー 涙よりも希望と愛情を選択する意思の爽やかさ

どんな映画でも、出会えたことに感謝したい気持ちはある。その感激が、最大級のものもある。『ぼくは君たちを憎まないことにした』は、その代表格だ。見たら一生忘れない。その軽やかな印象とともに。

映画は、悲劇がつきものだ。その悲劇とどう付き合っていくのか。『ぼくは君たちを憎まないことにした』の悲劇の対処法には新鮮な風が吹いている。

最愛の妻、最高の母親であるエレーヌ(カメリア・ジョルダーナ)が、夜帰宅しなかった。連絡も取れなくなった。その晩、フランス/パリのコンサートホール、バタクランで、銃乱射事件が起きていた。エレーヌはそこに居合わせた可能性があった。アントワーヌ(ピエール・ドゥラドンシャ)は、妻エレーヌを探し回る。絶望に陥りそうになる心を行動で洗い流そうとするように。

その日までのあたりまえの幸せな日々。そのイメージは、ずっと映画を支えている。何が起きようと、人は食べるし、眠る。子どもがいるなら、子供にも食べさせて寝につかせる。
大切な人が帰ってこないだけ。

アントワーヌは、Facebookに手紙を投稿した。その投稿は反響を呼び、20万人にシェアされた。その手紙の一節が、映画のタイトルになっている。『ぼくは君たちを憎まないことにした』と。

意思表明だ。選択できることを示す言葉だ。意思に見合わない感情が起きてくることもある。悲しみと戦う必要もある。映画『ぼくは君たちを憎まないことにした』で描かれるのは、常にある喪失感と付き合い、それとともに生きていく人生のリアルな体感だ。

監督は、『陽だまりハウスでマラソンを』のキリアン・リートホーフ。ドイツ人監督ということで、フランス/パリに違う印象を感じる、いつものパリよりなぜか美しい。涙から微笑みに向かう過程を無理しないスタンスで愛情をこめて描いている姿に誠実さを感じる。

アントワーヌを演じているのは、ピエール・ドゥラドンシャ。『万能鑑定士Q -モナ・リザの瞳-』(14)で真贋の権威であるリシャール・ブレ役で綾瀬はるかと共演し、『エッフェル塔 創造者の愛』(21)にも出演していた。キリアン・リートホーフ監督によると、現実のアントワーヌと同じ脆さと気高さがあるという。

エレーヌとアントワーヌの子ども、メルヴィンを演じているのは、ゾーエ・イオリオ。ちゃんと役柄を理解し、長いリハーサルを経て適切なタイミングで演技しているということ。その存在は、この映画の価値を何倍も高めている。

(オライカート昌子)

ぼくは君たちを憎まないことにした
11月10日(金)TOHOシネマズシャンテほか全国公開
©2022 Komplizen Film Haut et Court Frakas Productions TOBIS / Erfttal Film und Fernsehproduktion
nikumanai.com
監督・脚本:キリアン・リートホーフ『陽だまりハウスでマラソンを』
原作:「ぼくは君たちを憎まないことにした」
2022年/ドイツ・フランス・ベルギー/フランス語/102分/シネスコ/5.1ch/原題: Vous n‘aurez pas ma haine/英題:YOU WILL NOT HAVE MY HATE /日本語字幕:横井和子/提供:ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム/後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ