『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』

難解な映画らしい。
その先入観は捨てなさい。
確かにゴダール臭ぷんぷん。
けれど、これほどストレートでシンプルな映像体験は稀だ。

『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』は
レオス・カラックスによるアート作品である。
正解や答えがないわけだから、自由気ままに見るのがいい。
他人が個々の感覚にケチつけるのは野暮というものだ。

死にゆくモノの走馬灯のようなコラージュ映像であり、
カラックスの未練たっぷりの恋文でもある。
ときに遺言と思われるエピソードも。

これまで生きた証を万華鏡のように映し出す42分。

異端児カラックスの浮遊する言霊はスクリーンから決して外れず、
ときに恥ずかしい表情を見せながら観客に身を寄せる。

何度となく表現したが、映画館という暗闇が子宮と化した状態。
何をしても安心この上ない。

暗闇の中であなたは右に舵を取るか、左にそれるか。
目の前のアートをさまざまに理解しながらも、
作品から心が離れていく瞬間が何度となく訪れる。

カラックスの狙いはそこにある。
「瞼を閉じても、瞼の裏側に現れる」

カラックスの嫉妬が興味深い。
唯一のミューズはジュリエット・ビノシュであると告白する。
ポランスキーを妬み、チャップリンを愛し、ヒッチコックのセンスを羨む。

デヴィッド・ボウイへの憧れがオマージュとして冴える。
魂のない人形が、黒子によって躍動し、
やがて空を飛び力尽きて行くさまはこのアート作品の肝だ。

この作品はとくに女性に見ていただきたい。
これが世に名を馳せたオトコの本心だ。
オトコに愛されると言うコトはこういうものだ。

「これは俺ではない」とタイトル付けるが、これがオトコのすべてなのだ。

(武茂孝志)

第77回カンヌ国際映画祭カンヌ・プレミア部門正式出品

『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』
4月26日(土)ユーロスペースほか全国ロードショー

監督:レオス・カラックス
撮影:カロリーヌ・シャンプティエ
美術:フロリアン・サンソン
人形使い:ロミュアルト・コリネ、エステル・シャルリエ
衣装:パスカリーヌ・シャヴァンヌ
ヘアメイク:ベルナール・フロッシュ
リサーチャー:ソフィー・ライナー
監補:トマ・コルバン、ジュリエット・ピコロ
録音:ルーカス・ドメジャン
軽音:トーマス・ガウダー
編集補:ニナ・トルア、マキシム・マティス、
ミア・コリンズ、イネス・トルア
カラー・グレーディング&特殊効果:フレデリック・サヴォア
ポストプロダクション・スーパーヴァイザー:ウジェニー・ドプリュ
プロダクション・マネージャー:ニルス・サッカリアセン
アソシエイト・プロデューサー:タチアナ・ブシャン
プロデューサー:シャルル・ジリベール

42分/2024年/カラー&モノクロ/1.78:1
原題『C’est Pas Moi』/英語題『It’s Not Me』
配給:ユーロスペース
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