『ザ・フラッシュ』映画レビュー 楽しめる全方位満点映画

『ザ・フラッシュ』は、あらゆる側面が楽しめる全方位満点映画だ。アクション、エモーション、ストーリーテリングなど、手慣れた指揮者によるオーケストラのようだ。どのシーンも見返したくなる。

今までの、DCコミック原作映画は、看板映画の『バットマン』を筆頭に、真面目で重い。ダークな空気感がある作品がメインだった。

テーマも、過去の悲劇を乗り越えることが多い。しかも悲劇をいつまでも引きずる。心の傷の解消には時間がかかる。乗り越えることができない場合もある。『バットマン』シリーズは、そもそもそう。『ワンダーウーマン』もそうだった。

マーベル映画の場合は、過去の悲劇にとらわれることはなく、軽々と次の闘いに臨んでいく。最新マーベル映画、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』では、失った恋人を悼む間もなく、恋人そっくりの人物が現れ、一緒に戦うことになる。悲劇を喜劇に展開するのがマーベル式。

『ザ・フラッシュ』も、失ったものを取り戻そうとする、いつもと違うのは、その料理法だ。洗練されている。お洒落なところも、大人的DC風味といったところか。

雷に打たれた事故で、地球最速の男となったバリー・アレン(エズラ・ミラー)。ヒーローチーム、ジャスティス・リーグの一員として、バットマン、ワンダーウーマン、アクアマンなどと共闘し、敵を倒していた。

ある朝、出勤間際のカフェで、朝食を注文しようとしていた。病院の事故の救出活動で呼び出しがかかる。とにかく時間がない中、バリーは、フラッシュに姿を変え、高速出動。その時、速さのあまり、時空を超え、過去に戻れることに気づく。

彼は、心に傷を負う過去があった。少年のころ、母が何者かに殺された。父は犯人とされ、長く獄中にいる。バリーは、父の無実を証明するための新たな証拠を集めていたが、役に立ちそうにない。

その時、思いつく。過去に戻れる力がある以上、過去を変えることも可能ではないだろうか。母が生きている人生。普通に父親のいる日常を取り戻したい。

彼は、マルチバースを乗り越え、過去改編の旅を決行してしまう。それが何を巻き起こすかに気づかないまま。

そこからが、ストーリーのメインだ。マルチバースでは、無数の過去、無数の未来が存在し、行きかっている。そのイメージは、絡まったスパゲティとして、別世界のバットマンこと、ブルース・ウェインによって解説されている。

これがわかりやすい。実際、『ザ・フラッシュ』は、わかりやすい。緩急、遠近を駆使したカメラワークは、見やすく快適。バリーが特殊能力を手に入れた様子を説明するのも自然で、ジャスティスリーグ初心者でも頭に入りやい。

様々な要素が、映画の面白さを高めている。アルゼンチン出身のアンディ・ムスキエティ監督は、バリーの母役に、『天国の口、終りの楽園。』のマリベル・ベルドゥを起用するなど、ラテンの風味を効かせることで、映画に個性と粋な香りを漂わせている。

個人的には、音楽グループ、シカゴの名曲の使われ方が、最高だった。『愛ある別れ』は、ムードミュージック的なゆったりとした使われ方で、バリーの焦りとフラッシュの速度を際立たたせている。さらに、シカゴの二代ヒット作のうちのもう一つ、『長い夜』が、別世界ブルース・ウェイン/バットマンの登場シーンに使われているのだが、それこそ、曲を知っている人なら、膝を打ちたくなるくらい、スマートで面白い。

(オライカート昌子)

ザ・フラッシュ
2023年製作/134分/G/アメリカ
原題:The Flash
配給:ワーナー・ブラザース映画