『プロミシング・ヤング・ウーマン』レビュー

当時(いや、今も)、我が耳を疑った。

2003年、ある政治家いわく。

「集団レイプする人はまだ元気があるからいい」。

『プロミシング・ヤング・ウーマン』(前途有望な若き女性)は、

こんな奴らに鉄拳を下す。

そこにはカタルシスがある。

心の中に溜まっていた澱(おり)のような感情が解放され、

気持ちが浄化されること。


たとえば、ガス・ヴァン・サント監督の『誘う女』(1995)。

この映画にもカタルシスがあった。

① (ニコール・キッドマン扮する)稀代の性悪女が、厳冬の湖で殺される。

②後日、死体が凍る湖上で復讐を遂げたある女が

 着飾って、華麗なスケーティングを魅せる。

 まるでバレエダンサーが踊るオルゴール盤のような心地よさ。

③そこに、ドノヴァンの「魔女の季節」が流れ、観客の気持ちも浄化される。

『プロミシング・ヤング・ウーマン』のオリジナル脚本を書き上げ、

そのまま監督デビューも果たしたエメラルド・フェネル監督は、

企画の始まり、そして驚くべき復讐劇の参考書として、

『誘う女』からインスピレーションを受けたらしい。

『プロミシング・ヤング・ウーマン』の成功には、

エメラルド監督の願力と、復讐者キャシーを演じたキャリー・マリガン、

そして美術監督のマイケル・T・ペリー、

この3人の見事なトライアングル効果があると断言する。


キャリー・マリガンの女優としての存在感は、『17歳の肖像』(2009)から、

『わたしを離さないで』(2010)、『ドライブ』(2011)、

『ワイルドライフ』(2018)、、、と折り紙つき。

特筆とされるのは、美術のマイケル・T・ペリーだろう。

マイケルがその持てる感性を存分に披露してくれたのが、

2018年の傑作『アンダー・ザ・シルバーレイク』だ。

ロサンゼルスをマジック(またはナイトメア)の迷路と描き、

主人公を不条理な世界へと放り込んだ。

『プロミシング・ヤング・ウーマン』の舞台はどこなのか。

それがどういうわけか、まったく分からない。


高級ホテルに洗練されたレストラン、主人公キャシーが働く

洒落たカフェや、夜になると色欲ムンムンなクラブも出没する町。

ロサンゼルス郊外か? と思わせるも、キャシーの父親が購読する新聞、

キャシーが乗る車のナンバープレートにも地域を限定とするものがない。

やがて私たちは、話の舞台のことなど、どうでもいいや〜となって、

キャシーのサイコな行動に夢中になる。

舞台を明確にしないことで、何処にでもありうるコトと思わせる。

マイケル・T・ペリー、してやったり! の瞬間だ。

サイコを描いておきながら、キャシーのカフェのポップさといったらない。

ピンク、ライトブルー、イエローといったパステル・カラー。

そのポップな色彩の洪水は、ソフィア・コッポラ監督の

『マリー・アントワネット』(2006)を彷彿とさせる。

きらびやかなキャンディ、ピンクのケーキ、真っ赤なブーケと真っ赤な口紅。


「女の子が好きそうなモノを利用しながら、恐いモノを作りたかった」とは、

エメラルド・フェネル監督、ソフィア・コッポラ監督、

ともに女流監督の心情に共通しているらしい。

さて、『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、

宣伝どおり、胸のすく、カタルシス溢れる「復讐エンターテインメント」か。

親友をレイプして自殺に追い込んだ男たちに鉄拳を下すキャシー。

終盤、ブリトニー・スピアーズ『トキシック』(有毒)イントロが流れ出す時、

いま一度、背筋をピンと伸ばしてスクリーンと対峙したほうがいい。

その毒性で場内全てがハイになっていく瞬間だ。

あなたはこの賛否問われる12分間をどう見るか。

見た友人14人に問うと、11対3だった。


あの冷静な感のある女優キャリー・マリガンをして、

「自分以外の女優がキャシーを演じると思うと不安と怒りがこみ上げてきた」

と、出演を即決した近代稀にみる衝撃作。

心して見るべき映画である。

(武茂孝志)

『プロミシング・ヤング・ウーマン』

(アカデミー賞® 作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、編集賞ノミネート)

7月16日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、シネクイントほか全国公開

● スタッフ

脚本/監督:エメラルド・フェネル

製作:マーゴット・ロビーほか

製作総指揮:キャリー・マリガン

撮影:ベンジャミン・クラカン

美術:マイケル・T・ペリー

編集:フレデリック・トラヴァル

衣装:ナンシー・スタイナー

音楽:アンソニー・ウィリス

ミュージック・スーパーバイザー:スーザン・ジェイコブス

●キャスト

キャシー:キャリー・マリガン

ライアン:ボー・バナム

マディソン:アリソン・ブリー

スーザン:ジェニファー・クーリッジ

ゲイル:ラヴァーン・コックス

ウォーカー学部長:コニー・ブリットン

2020年/アメリカ/英語/113分/シネスコ/ドルビーデジタル

配給/パルコ

パブリシティ/The Unit

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