
いろいろな一日がある。のほほんとした一日、せわしない一日。特別な一日。特別な一日は結婚式や誕生日のようなもの。『さよならはスローボールで』もそのような特別な一日を描いている。特別な球場での特別な試合。胸が一杯になるようなマジカルな魅力を感じる一作だ。
『さよならはスローボールで』の舞台は、1990年台のマサチューセッツ州郊外、緑豊かな愛される町の球場<ソルジャーズ・フィールド>では、社会人リーグ対戦が週末ごとに行われていた。球場をつぶして中学校を建てることになり、その日行われる試合は、球場での最後の試合となる。その日で野球を卒業する人もいれば、野球観戦を辞める人もいる。映画の冒頭ではさびしさの気配はない。最後までない。寂しさとあこがれと懐かしさで胸が一杯になるのは見ている側の方だ。
映画では最初から最後までトラブルが続く。チームの一人がやってこない。メンバーが揃わなければ試合はできないが、人数が足りないけれど始めることにする。打順が来るまでに到着しなければノーゲームだ。その後もトラブルは起きるが、慌てる人はいない。極めて平和な空気がある。
見ているうちに脳裏に漂うのは、野球の記憶、昔の記憶、のんびりとした日曜の朝の開放的でゆったりとした気持ち、数多くの野球映画やスポーツ映画。『フィールド・オブ・ドリームス』、『マネーボール』、『ルーキーズ』など。それは、スローボールのような効果を浴びせてくる。ちなみに『さよならはスローボールで』の原題はイーファス(Eephus)。イーファスは、スローボールの一種で、山なりの高い軌道を描く、球速80km/hに満たない。「イーファスは時を忘れさせる」というセリフがある。
登場人物が多いので、最初は見分けがつかないけれど、それぞれが愛すべき個性で忘れがたい印象を残してくれる。最初は見知らぬ他人だったのが、見知って馴染んで仲良くなり、やがて別れがやってくる。そんな感じだ。『さよならはスローボールで』の特別な一日が、人生を模しているにも思えてくる。極上の休日を過ごした気分にもなった。そしてこの映画は、人生で一度だけ出会う特別な映画だという思いが残った。
監督のカーソン・ランドは、脚本・編集・音楽・プロデューサーも兼ねている。2021年にフィルムメーカー誌の「映画界の新人25人」の1人に選出された。ロサンゼルスを拠点とする独立系映画製作集団オムネス・フィルムズの創設メンバーでもある。
さよならはスローボールで
10月17日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
Ⓒ 2024 Eephus Film LLC. All Rights Reserved.
配給:トランスフォーマー
監督・脚本・編集:カーソン・ランド
制作:オムネス・フィルムズ
出演:キース・ウィリアム・リチャーズ、ビル・“スペースマン”・リー、クリフ・ブレイク、 フレデリック・ワイズマン(声の出演)
2024年/アメリカ・フランス/英語/98分/シネスコ/カラー/5.1ch/G/
原題:Eephus/日本語字幕:田渕貴美子/配給:トランスフォーマー
公式X :@slowball_film
公式サイト:https://transformer.co.jp/m/sayonaraslowball/