『アナザーラウンド』レビュー

1995年。

ニコラス・ケイジは、酒が原因でクビになり、

ラスベガスで酒に溺れながら、いつしか自殺を試みる。

『リービング・ラスベガス』より。

2009年。

妻子持ちのブラッドリー・クーパーは、

酒で記憶を無くし、翌日、身に覚えのないビッグトラブルに見舞われる。

『ハングオーバー!』より。

自業自得ならまだマシだ。

2012年。

機長のデンゼル・ワシントンは、飲酒しながら

102名が乗る旅客機を操縦し、背面飛行をさせた後、胴体着陸をしてみせる。

『フライト』より。

これは許されない!


アカデミー賞始め、人も羨む輝かし経歴を持つ人でも

映画の中では酒量が過ぎると、この有りさまである。

2020年。

『アナザーラウンド』で、北欧の至宝と崇められる

マッツ・ミケルセンがやってしまった。

『アナザーラウンド』は、デンマーク、スウェーデン、オランダの合作だから、

お国柄、お酒の罪は軽いと思われるが、どーだろう。

なんたって北欧は、ドラッグでさえ寛容なのだから。

とくに、住みやすい国3位のオランダは、

ドラッグOKの喫茶店が多く、大麻などの店内メニューも豊富だからね。

日本ではもちろん、大麻などのドラッグは刑務所行きだけど、

タバコやお酒は成人であればお咎めない。


でもね、タバコがきっかけで傷害事件が起きたなんてごく稀なのに、

お酒が原因でトラブル! なんてこと、日常茶飯だよね。

だから、映画『アナザーラウンド』のある実験には興味津々だった。

ノルウェーの哲学者が提唱する

「人間は、血中アルコール濃度を0・05%に保てば、

リラックスして、気持ちが大らかになる」という理論を試してみるのだ。

実験台、つまり実践するのが、ミケルセン含む、高校の教師4人。

歴史、心理学、体育、音楽の教師! というから只事ではない。

さっそく4人の教師は、ほろ酔い加減で授業を始める。

効果はてきめんだった。


生まれ変わったように充実した日々が続き、人当たりもフランクに。

オドロクことに、

授業がわかりやすくなり、生徒からの受けもすこぶるいいのだ。

家庭でも心ある言動で、倦怠期だった妻も振り向いてくれるようになったし。

そんな万事良好だったある日、

4人の教師は「もう少しだけアルコール濃度を上げてみようか」となる。

果たしてその結末は!?


聖職とも言える教師が実験台となるのが、この映画のミソ。

「ドラッグも自己責任でOK」である北欧のドラマであることが、

この映画の特異なポイントとなる。

他文化の人間からすると、コメディか、サスペンスなのか、迷うはずだ。

何はともあれ4人の教師たちの実験は、

命綱なしでサーカスの綱渡りをしているようで危なっかしい。

「私たちはこの映画を人生について考える映画にしたかった。

ただ『生きている』のではなく、本当の意味で、『生きること』について」

とは、トマス・ヴィンターベア監督の弁。

同時に、映画『アナザーラウンド』の裏側には

監督がアカデミー賞のスピーチで涙こらえて語った、ある悲劇もあるのだ。

映画のインスピレーションは、監督が娘のアイダから聞かされた

「デンマークの若者の飲酒文化」にあるという。

社会問題にもなっているこの事例は映画の冒頭で語られる。

19歳のアイダは、

監督である父親に「映画に出演させて欲しい」と頼んでいたという。

事実、アイダはミケルセンの娘役で登場するはずだった。


当初の物語は、

「アルコールがなければ、世界の歴史は変わっていただろう」

という説に基づく、『アルコールの祝祭』というもの。

しかし、撮影開始から4日後にアイダは自動車事故で亡くなってしまった。

アイダに捧ぐように、脚本はより人生を肯定するように書き直され、

「ただ飲酒についてだけではない、

人生に目覚めることについて語りたい」となったという。

やがて、アイダのクラスメートと共に実際の教室で撮影され、

子守り歌のような優しさも持つ映画へと変貌していったのだろう。

各国の映画賞を総なめにし、

アカデミー賞では監督賞ノミネートを果たし、

全世界年間ナンバーワンとも言えるアカデミー国際長編映画賞に輝いた、

映画『アナザーラウンド』。

アメリカでは、ディカプリオ主演でリメイクの報もある。

やめたほうがいい。

アメリカ文化では、『ハングオーバー』が関の山だ。

ちょっぴり哲学的な作品は、北欧に任せなさい。

『アナザーラウンド』の原題は「Druk」。オランダ語で「忙しい」かぁ。

ワールド・タイトル『アナザーラウンド』は、「残された人生」と訳したい。

ヴィンターベア監督の愛娘アイダの面影を想うとき、

家族のプライベート・フィルムでもあるからだ。

主人公マッツ・ミケルセンのダンスを決して忘れないだろう。

喜劇であれ、サスペンスであれ、人生賛歌の映画にちがいない。

文化の違いあれど、私はそう思う。

(武茂孝志)

アナザーラウンド

9月3日(金)より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、
渋谷シネクイントほか全国順次公開

●スタッフ
監督:トマス・ヴィンターベア(『偽りなき者』ほか)
脚本:トマス・ヴィンターベア、トビアス・リンホルム(『ある戦争』ほか)

● キャスト
歴史教師マーティン:マッツ・ミケルセン(『偽りなき者』ほか)
心理学教師ニコライ:マグナス・ミラン(『ザ・コミューン』ほか)
体育教師トミー:トマス・ボー・ラーセン(『真夜中のゆりかご』ほか)
音楽教師ピーター:ラース・ランゼ(『偽りなき者』ほか)
マーティンの妻アニカ:マリア・ボネヴィー(『リンドグレーン』ほか)

2020年/デンマーク・スウェーデン・オランダ/117分

配給:クロックワークス

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