なんと月の裏側にナチス帝国が築かれていて、地球への報復に燃えていた…というホラ話が、大胆にかつ辛辣に展開される文明風刺戦闘コメディー。月に到達して帝国を築けるほどの技術があれば、とっくに地球征服を果たしていてもおかしくないが、それを言ってはおしまいだ。黒人のファッションモデル、ワシントン(クリストファー・カービー)が、アメリカ合衆国初の女性大統領(ステファニー・ポール)の再選をもくろんだキャンペーンで月に送られ、ナチスに捕らえられてさんざんな目に遭うところからお話は始まる。
地球征服のための巨大宇宙船“神々の黄昏号”は、ワシントンが所持していたスマートフォンで始動するが、電池切れ。代わりの品物を得るため次期総統候補アドラー(ゲッツ・オットー)と、その婚約者で地球学者のレナーテ(ユリア・ディーツェ)はワシントンとともに地球へ。ファッションデザイナーで大統領の広報官ヴィヴィアン(ペータ・サージェント)を拉致して大統領への接近をはかる。ナチス・ファッションに惚れこんだ大統領と広報官は二人を選挙対策に起用、レナーテは「病んだ世界を健康に」と堂々たる演説を行う。
この絵空事を笑いながら見ていると「これまでアメリカがまともに倒したのはナチスだけ」「大統領は戦争をしないと人気が出ない」と大統領が言いだし、この映画のアメリカ批判が明白になる。月からの攻撃が始まると、嬉々として反撃を命じる大統領。“USSジョージ・W・ブッシュ号”に将軍として乗り込んだヴィヴィアンの、背中にトゲの生えたような派手な衣装もふるっている。下品きわまりない二人の女性の一挙手一投足に、わたしは妙な現実感を覚える。どの国の支配者も、ひと皮むけばこのレベルなのではないだろうか。
全世界が戦争をしたくてたまらなかったと言わんばかりの展開の中、大統領が国連で各国に問う。「宇宙船に武器を積まなかった国は?」。 おずおずと手を挙げるのはフィンランド代表だけ、というところはフィンランド人監督ティモ・ヴオレンソワの自虐ネタ。世界はアメリカが爽やかに守ると言いたげなハリウッド製ファンタジーを見慣れた目には、苦みの効いたユーモアが格別だ。無残な地球と月の姿を映しながらぐんぐん後退するカメラはやがて赤い星を映し出す。もしやここにも奇想天外なホラ話がひそんでいるのかしら。
(内海陽子)
アイアン・スカイ
9月28日(金)より、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー!!