『敵』映画レビュー 秩序とカオスの荒波を行く

映画『敵』のラストショットは、驚きと納得の両方が心の中でせめぎあい。滅多にない残り香を残す。

『敵』は、2024年に行われた第37回東京国際映画祭でグランプリを含め3部門を受賞し、「第18回アジア・フィルム・アワード」でも、作品賞はじめ6 部門でノミネートされている。日本映画が東京国際映画祭で最高賞を受賞したのは、第一回目の『台風クラブ(1985)』(相米慎二監督作品)、第18回の『雪に願うこと(2005)』(根岸吉太郎監督作品)以来だ。


『敵』は、独自性で評判が高いシェフが料理した、フレンチフルコースディナーを食べたときのような味わいだ。スムースに変わる変化は、植物が開花していくような感覚。最初は優しくスタートし、途中いじわるにクイッと曲がり、知っていたことを忘れていた大地に着地するような。

しばらくの間は、老年男性の朝のルーティーンが描かれている。年季の入った家屋と寄り添いあいながら生きる姿は目に涼しい。コーヒーは手動で挽き、料理にも手を抜かない。折に触れて草むしりもすれば、物置の整理もする。

男性は、フランス語文学の元大学教授、渡辺儀助、77 歳(長塚京三)。自分らしさを保ちつつ、生活を整える意思が両立する生き方は、「老年の過ごし方」という本になりそう。ちょっとあこがれる。

だが、そんなストレートなものにはならない。中盤からの仕掛けは、心臓の鼓動がたかまる要素がめじろ押しだ。

原作は筒井康隆の老年文学の傑出作品『敵』。原作が書かれたのが1998年。それが不思議と現代にふさわしい作品になっている。

映画の濃度が分厚く細部が鮮明で、見る人の心の裾野に広い余裕を持たせるところに、『敵』の野心を感じた。例えば、敵というタイトルが意味するものも見る人によって違うだろう。主軸に置く対象、つまり主人公すら変わるだろう。

私の場合は、秩序とカオスの荒波を行く友としての敵をイメージした。長塚京三はチャーミングで忘れられない残像があり、吉田大八監督はしてやったりで目が笑っているようだ。

(オライカート昌子)

1 月 17 日(金)テアトル新宿ほか全国公開
ⓒ1998 筒井康隆/新潮社 ⓒ2023 TEKINOMIKATA
宣伝・配給:ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ
脚本・監督:吉田大八
出演:長塚京三
瀧内公美 河合優実 黒沢あすか
中島歩 カトウシンスケ 髙畑遊 二瓶鮫一
髙橋洋 唯野未歩子 戸田昌宏 松永大輔
松尾諭 松尾貴史
原作:筒井康隆『敵』(新潮文庫刊)