『復讐者たち』監督インタビュー

1945年、敗戦直後のドイツ。

ホロコーストを生き延びたユダヤ人のマックスが難民キャンプに流れ着き、

強制収容所で離ればなれになった妻子がナチスに殺された事実を知る。

絶望のどん底に突き落とされたマックスは復讐心を煮えたぎらせ、

ナチスの残党を密かに処刑しているユダヤ旅団の兵士ミハイルと

行動を共にすることにする。

そんなマックスの前に現れた別のユダヤ人組織ナカムは、

ユダヤ旅団よりもはるかに過激な報復活動を行っていた。

ナカムを危険視する恩人のミハイルに協力する形で

ナカムの隠れ家に潜入したマックス。

そこで彼らが準備を進める“プランA”という復讐計画を突き止める。

それはドイツの民間人600万人を標的にした恐るべき大量虐殺計画だった……。


映画の原題は、『PLAN A』! 作り話ではない。実話である!

そこには、PLAN Bなど存在しない。

ジリジリと恐ろしいほどの復讐心に燃える人間の物語だ。

監督は、イスラエル出身のドロン・パズ&ヨアヴ・パズ監督。

この兄弟監督は、実際に復讐計画に関わった人々への膨大なインタビューを

まとめ上げて、力強い史実サスペンスとして映画化した。

冒頭、映画は私たちにこう問い掛ける。

「何の罪もない肉親が殺されたら、あなたはどうする」

やがて、ホロコーストを生き延びたユダヤ人のマックスが我が家に戻ると

そこには他人が暮らしていた。

マックス一家をユダヤ人だと密告した家族が幸せそうに暮らしている。

説明的にあれこれと描きたい導入部だが、監督は多くを語らない。

ただ、動きを止めてしまった家の前のブランコを映すだけで想像を掻き立てる。

イスラエル出身、ユダヤ人監督が撮ったホロコースト映画。

ぜひ、監督のお話を伺いたい。

遠きテルアビブにいるヨアヴ・パズ監督とオンライン・インタビューが

叶ったのは、6月末の早朝(現地)だった。


監督の『エルサレム』、『ザ・ゴーレム』、そして最新作『復讐者たち』を

拝見しましたが、それぞれに悪魔、ゴーレム、死神と想像上のキャラクターが物語に登場しますね。

監督「確かにそうですね。私たちは、映画を作るにあたって、

常に人間のダークサイトな部分に惹かれて作っているのです。

だから、結果的にそうした闇に興味がわく。

そうしたものを物語の核に置くと、人間は果たしてどんな行動をとるのか。

登場人物たちの心理テストをしているのかもしれませんね。

それぞれの怪人たちは、ドラマを包むような存在でもあるわけです。

『復讐者たち』もそうした人間の暗い部分を表現しながら、スリラーとか

アクションを加味して物語をこしらえました」

監督は、過去の作品で「ユダヤ人の物語とは、真実と神話を切り離すことは

できない」と言われましたね。

続けて、「人間が神のまね事をするとき、闇が覚醒する」と説いている。

監督の作品を拝見すると、その意味が明確になります。

監督「イスラエルに育った者として、このような映画を作るということは、

全世界に向けて発信しなければいけない! という使命があるからです。

実際、ここ地元にある物語や神話は、ユダヤ教の教えに基づいているものが

大半です。

悪魔によって、旧市街地でパニックが起きる『エルサレム』。

『ザ・ゴーレム』は、そもそも100年も前に撮られていた名作ホラーを

我々ユダヤ人の解釈でリメイクしたものです。

この『復讐者たち』は、ホロコーストなどの史実を

幼い頃から聞かされ続けてきて、そんな我々でも知らなかったような

当事者による新たな話が取材できたことで、使命感に駆られたわけです。

作るからには世界に向けて作らなければ意味がない」

少しばかり違和感を持ちましたが、

劇中のセリフが英語なのは仕方ないということですか。

監督「そう。ワールドワイドで公開するためにね。

そして見る側はそれぞれ自問しながら見て欲しいわけです。

映画作家なるものは、自分の文化に点在する大切な物語をひとつふたつと

手にとって、磨いてさらに磨き上げて、世界に呈示する。それが大事」

実は不思議に思ったことがあるのです。

前作『ザ・ゴーレム』では「灰は灰に、塵は塵に戻りなさい」、

つまり元に戻れ、生まれ変わりなさいというメッセージが作品を覆っていた。

新作『復讐者たち』では「目には目を、歯に歯を」と強い口調に

変わっていますね。

監督「『ザ・ゴーレム』は、ひとりの女性が『ある行動』をもって、

夫、そして村を守っていくというお話でした。

『復讐者たち』では、若者たちが人生を壊され、そして失い、収容所に送られ、

新しい家族を作って生まれ変わりなさいと言われながらも、

これ以上受け身であってはならない、我慢の限界だと復讐心にかられる実話。

この2つの映画を繋げるものがあるとすれば、

それぞれユダヤ人たち自らが『ある行動』を起こすという点でしょう」

どちらにしても、このような旧約聖書の一節が語られる映画作りは

相当なエネルギーを消耗するのでしょうね。

主人公マックスを演じたドイツの俳優アウグスト・ディールが、

「今まで経験した中で一番騒がしいセットだった」と振り返っています。

そこには、興奮状態や宗教的熱情、独特な雰囲気で生じる精神状態、

いわゆる「エルサレム症候群」があったのでは?

監督「イスラエル人とドイツ人などが混在する撮影現場ですからねぇ。

とくに、イスラエル人は大声で話す傾向があるようで、それに手振り身振りも

加わって、とてもアグレッシブル、攻撃的に見えるようです」

あはは。私も経験があります。

監督「私たちが普通に話し合っている時でも、

ドイツ人が見ると明らかに喧嘩をしているように見られてしまう。

ある時は、『今日のランチは何にしようか』と話していただけなんです。笑

その点、ドイツ人スタッフはとても静かに過ごしていましたね。

しかし、やがて不思議なバランスが生まれたのです。

撮影が進むにつれ、物語の核心に近づき、とてつもない重苦しい場面が

役者たちにのしかかってきた時の話。

そうした状況をなんとか回避しようと、

急にみんなが子供のような振る舞いをしだしたのです。

原点に立ち返ったことが、両国スタッフ、キャストにいいように作用して

その後の撮影がスムーズに進んでいったんです」

ほら、それもエルサレム症候群の一片なのかもしれませんよ。

それにしても、ナチス、ホロコーストを題材にした映画は

毎年のように映画化されて世界中の映画館で上映され続けています。

日本でも『復讐者たち』に続き、『アウシュヴィッツ・レポート』(7/30〜)、

『ホロコーストの罪人』(8/27〜)が公開されます。

そこで、かねてから聞きたかった質問があります。

こうしたナチス物、ホロコースト物の映画の多くはドイツ合作ですね。

『復讐者たち』も、「ドイツ・イスラエル合作」とある。

ドイツ側の出資はいくらぐらいなのですか?

監督「ほとんどです。100パーセントに近い

えっ?

監督「制作費のほとんどはドイツが出資しています。

ドイツのテレビ局といった放送関係、そしてフィルムファンドが

こうした史実に積極的に興味を示してくれる。

実際、ドイツのクルーもこの映画に多く携わってくれています。

撮影現場で、こんなことがあったんです。

『自分の祖父はもともとナチスだった』と明かしてくれたんです。

撮影現場はシーンと静まりかえりました。

続けてその人は、『自分はナチスに共感できず、家庭内で疎外された』

とも語ってくれました。

またあるドイツスタッフは、『この映画に関わることでひとつの許しを

得たような感覚を覚えた』と涙ながらに話してくれました

忌まわしいテーマ、史実に基づくナチスによるホロコースト企画は

今後も永く作り続けられるだろう。

ヨアヴ監督が言う、自問しながら見て欲しい映画『復讐者たち』は、

東京オリンピックに合わせたかのように、世界に先駆けて日本公開される。

なにやら因縁も感じるが、選ばれた国のひとりの宿命として、

自問しながら見て欲しい映画、である。

(取材・文/武茂孝志)

『復讐者たち』

7月23日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、

シネクイントほか全国公開

© 2020 Getaway Pictures GmbH & Jooyaa Film GmbH, UCM United Channels Movies, Phiphen Pictures, cine plus, Bayerischer Rundfunk, Sky, ARTE

配給:アルバトロス・フィルム

出演:アウグスト・ディール(『名もなき生涯』『イングロリアス・バスターズ』)、シルヴィア・フークス(『ブレードランナー2049』)

監督・脚本:ドロン・パズ、ヨアヴ・パズ

2020年/ドイツ、イスラエル/英語/110分/シネスコ/5.1ch/

「原題:PLAN A」 /日本語字幕:吉川美奈子

提供:ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム