怖さ・感動・切なさが心に迫る『返校 言葉が消えた日』は、台湾2019年度最大のヒット作であり、2019年度台湾アカデミー賞金馬奨では12部門にノミネートされ、最多5部門を受賞。映画レビューとともに、『返校 言葉が消えた日』のみどころを徹底解説します。
『返校 言葉が消えた日』のみどころ徹底解説
その1 ジャンルミックスの面白さ
返校 言葉が消えた日はダークミステリーと銘打たれていますが、映画という媒体を限界まで使い切った、ジャンルミックスがみどころ。青春、ホラー、恋愛、時代、ミステリーの要素のバランスが取れています。
その中でも、究極の怖さを追求しているシーンはなかなかのもの。薄暗い廃墟となった学校の中をさまよいながら、登場人物に何が起きたのかを探っていくところは、普通のホラーレベルの怖さを超えています。ところが一転、ラストの余韻の味わい深さは格別なのです。
その2 テーマの深さ
あるのが当たり前だと思っている「自由」「生きること」。この映画で描かれる台湾の1960年代の白色革命時代は、自由は、贅沢過ぎて手に入らないものでした。元々は、インディーズホラーゲームだった『返校 言葉が消えた日』は、シリアスな歴史テーマを扱いながら、それを究極エンターテイメントに仕上げています。死と引き換えに自由を求めなければいけない、今では信じられないような時代が、すっーと頭に入ってきます。
「あのひとがいなければいいのに」と思ってしまう、人間が抱える嫉妬心というダークサイドも描かれ、自己犠牲やほのかな恋愛も胸に迫ります。ミックスされているのは、映画ジャンルだけではなく、掘り下げたテーマにも言えること。
その3 時代背景
台湾の白色テロ(白色革命)とは、
1947年の二・二八事件から、1987年に戒厳令が解除されるまでの期間が白色テロ時代です。国民党は台湾国民に相互監視と密告を強制。反政府勢力への弾圧を行いました。140,000名程度が投獄され、そのうち3,000名から4,000名が処刑されたと言われています。
2,28事件とは
台北市で闇 タバコ を販売していた本省人(台湾人)女性に対し、役人が暴行を加える事件が起きました。 これに反対し本省人による市庁舎への 抗議デモ が行われましたが、憲兵隊がこれに発砲、抗争はたちまち台湾全土に広がっていきます。
第二次世界大戦後、連合国の一員として台湾にやってきた中国国民党(外省人/在台中国人)は、偶発的に起きたこの事件をきっかけに、弾圧を強めていきます。
台湾の白色テロ(白色革命)を描いた映画
『悲情城市(1989)』侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督作品
終戦直後の台北の北に位置する採鉱の街九份を舞台に二・二八事件を描き、ヴェネツィア国際映画祭グランプリを受賞。1989年の金馬奨最優秀監督賞・最優秀主演男優賞も受賞。日本でも興行的に台湾映画の中では異例の大ヒットとなりました。
『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件(1991) 』エドワード・ヤン監督作品
BBCが1995年に選出した「21世紀に残したい映画100本」に唯一の台湾映画として選ばれました。2015年釜山映画祭で発表された「アジア映画ベスト100」において、『東京物語』『七人の侍』『悲情城市』などと並んでベスト10入りもしています。
『返校 言葉が消えた日』映画レビュー
台湾白色テロの厳しい時代を描いているのに、『返校 言葉が消えた日』の冒頭では、青春のまばゆさが躍動している。「自由が許されない時代」、「発禁本を読むと命を落とす」と言われても、郷愁と無邪気な若さと、仲間と瞬間を楽しむ喜びが空間に溢れる。だが、甘い映画ではない。発禁本を用具部屋に持ち込み、秘密裏に集って写している彼らには、まさしく死の危険が迫っていた。
青春そのものの日々は、次のシーンで、拷問、学校から出られなくなる悪夢につながっていく。喜びから恐怖への突然の急カーブ。この落差には驚くね。怖いシーンが立て続けに迫ってくるが、仲間がどうなったのか、なぜそんなことになったのか、ミステリーの解明も同時に進んでいく。スムースかつ美しく。
迷路のような校内は、まさしくホラーの舞台装置だ。校内にいるのは、ファン・レイシン(ワン・ジン)と彼女に心惹かれているウェイ・ジョンティン(ツォン・ジンファ)だけらしい。次から次へと恐怖ツールが襲い掛かってくる。徐々に彼らの末路の真相が浮かび上がってくる。密告者はだれなのか。密告者の正体は意外な人物だ。その動機は人間の哀しさを表わしていて、後を引く。小道具のピアノ、水仙、本の扱い方も優美だ。
やがて新たな展開を迎える。この展開は私の場合は涙なくしては見られなかった。恐怖、自由への渇望、ミステリーの謎解きと脱出ゲーム、人間模様、恋心、歴史背景、自己犠牲と要素は盛りだくさんだが、端正に配置され、一本の映画としての完成度は高い。スタッフ陣の心意気の高さと熱意に心が浮き立つ。
スペインホラーの趣きもある。ギレルモ・デル・トロ監督の傑作として名高い『パンズ・ラビリンス(2006)』の後味に近い。生きていくことの意味がずしりとのしかかる。心は切なく痛むけれど、同時に勇気や毎日へのエネルギーが生まれていく力強さに動かされる。
(オライカート昌子)
返校 言葉が消えた日
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2019年製作/103分/R15+/台湾
監督:ジョン・スー
キャスト;ファン・レイシン(ワン・ジン)、ウェイ・ジョンティン(ツォン・ジンファ)ほか
原題:返校 Detention
配給:ツイン