『大地と白い雲』ワン・ルイ監督インタビュー

長年映画を見続けていると、

どーしても映画のラストシーンを忘れてしまうものだ。

往年の名作『カサブランカ』(1942)や『第三の男』(1949)のラストシーンは

鮮明に覚えているが、3日前に見た映画のラストシーンが思い出せない。

だから、いつも「映画ノート」を携帯している。

鑑賞中、暗闇の中で、気になるセリフ、出来事、個人名、

そしてラストシーンを書き留めておく。

これが後々、大いに役に立つ。

「オイ、あの映画のラストシーン、なんだっけ?」

そんな輩には教えたくないけど。

今回ご紹介する中国映画『大地と白い雲』は、

2年前の東京国際映画祭・コンペティション部門で一度見ていた。

そのワン・ルイ監督とのオンライン・インタビューを仰せつかり、

さっそく当時の「映画ノート」を見返した。

そこには、赤字で『スケアクロウ』と書いてある。

1973年アメリカ映画で、アル・パチーノ、ジーン・ハックマン主演。

正反対の人格を有するふたりが次第に友情を深めていくロードムービーだ。

ワン監督は、この『大地と白い雲』で中国最大の映画祭

金鶏奨・最優秀監督賞に輝いた著名な監督で、北京電影学院の教授でもある。

まずはこの世界的ヒット作、カンヌでも現パルム・ドール受賞の

『スケアクロウ』を出してインタビューに弾みをつけてやろう。

ということで開口一番。

ワン監督は、『スケアクロウ』を見ていますか!

監督「そんな映画は知りません」

あっ、そうですか。

初っ端からこんな肩透かしを受けて40分間のインタビューが始まった。

映画ノートには、「夫を探す妻、妻を探す夫」、そして「傑作」とある。

とてもシンプルな話ですが、心震わす名作でした。

映画祭上映時の邦題は、『チャクトゥとサルラ』でしたが、

今回の邦題は、『大地と白い雲』。

まさに女性と男性をうまく表現したダイナミックな邦題ですね。

監督「中国タイトルは、『白雲の下で』です。

これは、草原で起こった物語なのでそうした。


しかし、それだけでは弱い。

だから、大地をプラスした日本タイトルは非常に気に入っています。

私はこの物語を世界どこにでもありうる夫婦の物語として見ていただきたい。

だから、あなたの言う『大地は妻、雲はフラフラしている夫』という風に

解釈していただける邦題には感謝なのです」

日本では未刊ですが、「羊飼いの女」という原作に忠実なのですか?

監督「夫婦の立場が変わっていく点は原作通りです。

10数年前に初めて読んだ時、そこに惹かれて映画化を目指しましたが、

とにかく草原の素晴らしさ、そこに住む人々を描きたかったのです」

2度目の鑑賞で、面白い発見がありました。

俯瞰で草原の大地を見下ろした時、

だんだんと道や川が身体の中を走る血管に見えてきたんです。


その道を羊や馬が行き来する。

すると羊がまるで血管を行き来する赤血球や白血球のように見えてくる。

夫がその羊を勝手に売り捌いたり、トラックと交換したりすると

とたんに大地(身体)に悪影響が出て、妻の機嫌が悪くなる、弱っていく。

これは監督の思惑ですか。

監督「撮影時にはそうした具体的な考えはありませんでした。

いま、あなたが言うことは様々なものに対するメタファーのことでしょう。

俯瞰のシーンで表現したかったのは、

草原に私はいかに愛着を持って親しく感じているかを出したかったからです。

だから、あらゆる時間、あらゆる角度から俯瞰のシーンを入れたつもりです。

なるほど、あなたの考えを聞いてそう感じ方もいるのだなと思いました。

それは本当に面白い視点です」

そんな草原に掘削されたような大きな穴が現れる。

それを見た夫婦の何ともしがたい佇まいが忘れられません。

人間の欲なのか、環境による自然発生なのか。

このショッキングな場面も原作で語られているのですか。

監督「原作にはない場面です。

夫は外(街)に出て行きたい。それを止める妻。

環境破壊なんて声高することもなく、

原作に鮮明に描かれているのはただただ夫婦の言動だけなのです。

原作の舞台は、内モンゴルに広がるフルンボイル草原。

どんなに美しい場所でも、街への憧れが抑え難い時はあるものです。


見渡す限りの草原は、人間の心理により複雑性を持たせることができるし、

世界共通のテーマも描いていけると思ったのです。

昔ながらの草原といえども、経済の波は押し寄せてきます。

その速度も非常に早いのです。

そうした経済発展の中で起きうる

いろいろな問題をこの映画には盛り込んでいます。

人間というものは、一旦発展に向かうと止め処がなくなる。

その後、犠牲にしてしまったものを思い返し、後悔もする。

そうした自然の流れを草原の上で私は表現したかったのです」

たとえば、映画が進むにつれて草原がどんどん消えていく。

街に向かってカメラが進み、

無表情で血の通っていないような乱立するビルが見え始める。

人さまざま、抱く感情もさまざまだけど、

そこに流れる音楽には本当に感銘を受けました。

あの曲はどのように見つけられたのですか。

監督「まず伝えておきたかったのは、

この映画はかなりの部分、即興で進めていったということです。

その都度考えながら、決まった結末を持たずに撮影していった。


ある日、撮影隊が小高い地に上り詰めた時、

そこから俯瞰でロシア国境の街マンジョールが見えたんです。

あっ、と声を上げると同時にここをクライマックスにしようと決めました。

そこでラストのイメージを作っていったんです。

さて、そこで音楽をどうするか、となった。

ある人が、ロシア・トゥバ共和国のバンドの曲を推薦してくれました。

CDで何曲か聞いていくうちに、

私が求めていたイメージにピッタリな曲があったのです」

馬頭琴を思わせる伝統的なモンゴル・メロディながら、現代的でもある。

あのシーンにはこれ以上はないと断言したい選曲でした!

比較的新しい曲なのですか?

監督「トゥバ族バンドのオリジナル曲だと聞いています。

それが昔から伝わる民謡をアレンジしたものなのか、

全く新しいものなのかは確認できていません。


しかし、この曲には2バージョンあって、1つは昔ながらの馬頭琴もの、

そして映画で使用したエレクトロニックなものがありました。

私は断然後者のエレクトロニック版が良かった(笑)」

なるほど、『大地と白い雲』には、温故知新、なにかしらの手作り感、

そして全ての場面に愛情があふれている理由がわかった気がします。

さきの「その都度考えながら、決まった結末を持たずに撮影していった」

とおっしゃる部分も理解できました。

ワン監督には、CGや特撮は似合わない。

そこにも惚れました(笑)。

ところで、中国唯一の映画専門大学の教授でもある監督は、

若き学生、映画人にどのような映画作りを教示しているのですか。

監督「技術的なことも含め、まずは映画の基本をしっかりと教えます。

もっとも重視していることは、創作者としての誠実さです。

自分は何を表現したいのか。人生をどう見るのか。

そして、自分なりの世界観をどう打ち立てるか、です」

北京電影学院では、海外映画も教材として上映しているのですか。

監督「映画を勉強するには、まずは大量に見ることが必要。

もちろん外国の映画も学生に見せています。

私は1985年に北京電影学院に入学しましたが、

その頃はまだ中国で見られる外国映画はごくごく限られていました。

それも、映画を習っているからこそ見られるものでした。

『内部上映』として、欧米の作品を見るわけです。

とくに当時我々学生が見たのは、ヨーロッパの映画が多かった」

そういえば、先日の『大地と白い雲』2回目鑑賞時に私の映画ノートには

『スケアクロウ』改め、フェリーニの『道』(1954)と書いてありました。

監督「それはもちろん! 見てますよ! 1986年にね(笑)。


その頃はヨーロッパ巨匠の映画をむさぼるように見ていました。

フェリーニ、アントニオーニ、ベルイマン、、、、

そうした巨匠たちの映画は、知らず識らずの内に

自分の作品に何らかの影響を与えているかもしれません。

ただ、私は1991年から映画製作に参加するようになって、

他人の真似にならないように、基本的に他者の作品は見なくなりました。

名作もたまには見たいけど、いまは意図的に見ないようにしている。

オリジナリティーが大切。

創作には昔の名作といえども邪魔になることもあるのです」

隣国ロシアも含めると(ロシアの映画はとんと上映が少なくなったが)、

さまざまな映画祭で上映される中国映画の質もグンとワールドワイドになって

とにかく感銘を受ける作品が多くなってきた。

私の映画ノートには、ロシアの『草原の実験』(2014)、

中国の『河』(2015)、同じく中国の『轢き殺された羊』(2018)に続く、

ワン・ルイ監督の『大地と白い雲』は傑作、とあった。

不謹慎な表現だが、『大地と白い雲』はコロナの2年間お蔵入りで、

ワインのように成熟しきった牧歌的、そして私的な傑作であると思う。

存命中の愛妻から薦められた小説の映画化だという。

妻が亡くなってから、構想を練り、カメラ片手にロケハンに向かったのだろう。

「映画の中には携帯電話も出てくるけれど、

私が10数年前、草原に立ってカメラを回していた頃、

そんなものはなかったんだ。想像すらできなかった。

しかし、今回のロケハンでは牧畜民がWi-Fiを取り付けて

みんなケータイを使いこなしていた。

ネット社会で草原の牧畜民の生活も大きく変わってきている。

今じゃ、WeChatで旧正月のお年始を済ましちゃうわけだから」

ワン監督は、草原での暮らしに未だ憧れを持っている。

草原では、亡き妻に会えると信じているようで仕方ない。

この草原で繰り広げられる、ある平凡な遊牧民の別れと再会、

そうした予感は深く長く心に刻まれるだろう。

そして終映後、きっと、トゥバ族バンドのCDを求めて彷徨うことになるはずだ。

(取材・文/武茂孝志)

『大地と白い雲

8月21日(土)岩波ホールほか全国順次公開

監督:ワン・ルイ

脚本:チェン・ピン

原作:「羊飼いの女」漠月

編集:ジョウ・シンシャ

音楽:ジン・シャン

出演:ジリムトゥ、タナ、ゲリルナスン、イリチ、チナリトゥ、ハスチチゲ

2019年/中国映画/中国語・モンゴル語/111分/原題:白云之下    

字幕:樋口裕子/字幕監修:山越康裕  

配給:ハーク 

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