『ビバリウム』映画レビュー

あなたは、ジェシー・アイゼンバーグに興味はある? 派手な俳優ではないし、日本で人気があるわけでもない。普通の容姿だ。早口に無駄にしゃべる映画が多い。でも私はジェシー・アイゼンバーグの映画は、欠かさず見たい。作品選びが上手い。彼の作品のいくつかは、隠された意味が浮かび上がる巧妙なものがある。スクリーン上でのジェシー・アイゼンバーグは、物語をスクッと立ち上げる。不思議な存在感を放っていて画面が落ち着く。内面世界が、相当深くて広いのだろう。

そのジェシーが、スリラーに初挑戦したのが、『ビバリウム』だ。若いカップルが、マイホームの見学に行くことで、得体のしれない世界に投げ込まれていく。ジェシー・アイゼンバーグが出演している以上、『ビバリウム』が、普通のスリラーになるはずがない。

新興住宅地、ヨンダーは、典型的ではあるけれど、あまりにも巨大。無機的なスタイルの同じ家が延々と連なる。強引にジェマとトムを案内した不動産屋のマーティンは、いつの間にか姿を消してしまう。

家に帰ろうとしたのに、迷宮のようだ。懸命に出ようとするのに、同じところをグルグルしているだけ。二人は力尽き、案内された9番の家で夜を明かすことにする。家の前には、加工食品が入った箱が置かれている。別の箱に入っていたのは、赤ん坊だ。「育てれば、解放する」と書かれた紙とともに。それが、二人の悪夢の始まりだった。

不気味とスタイリッシュを混ぜ合わせた質感で、ストーリーはネガの世界を突き進む。光が差すような喜びのシーンはささやかだ。そのごくささいなシーンは、少ないからこそ目立つ。不安とやりきれなさを感じさせるストーリーなのに、まるでネガをポジに反転させているように裏の世界が浮かび上がる。アイルランドの新鋭、ロルカン・フィネガン監督は、高い演出力で、ジェシー・アイゼンバーグとイモージェン・プーツの真実味のある演技を強調している。

ところで、あなたは、世界は見かけ通りではないかもしれない、と思ったことはあるだろうか? ジェシー・アイゼンバーグの作品には、世界は私たちが思っているより単純じゃないかもしれないよ、と教えてくれるようなものがある。たとえば、彼の人気シリーズ、『グランド・イリュージョン』シリーズ。

『グランド・イリュージョン』に出てくる、秘密結社アイは、フリーメーソンやイルミナティなどの組織が(あるとしたら)その存在を暗示させる。秘密結社の中には、私たちの思考を操る。彼らの思うがままに眠っていて欲しいと思っている(らしい)。それこそ、マジック、イリュージョンだ。

『エージェント・ウルトラ』は、単純なアクション映画に見えるけれど、MKウルトラが描かれている。知る人ぞ知る、CIAの秘密作戦。それは、マインドコントロールを極限まで推し進めてしまう。

『ソーシャル・ネットワーク』(2010)では、フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグの半生を描き、ジェシーは、マーク・ザッカーバーグを演じていた。きわめて評価が高い作品ではあるけれど、昨今のフェイスブック批判を考えると、大衆にそうであるように思いこませる一種の洗脳映画であったとも考えられる。

映画で描かれる世界は虚構であっても、どこか真実につながっているものがある。私たちが生きている世界は、真実だと信じていても一人一人の思い込みで作り上げられている面もある。虚構に真実があり、真実だと思っていたものに嘘が混じる。そんな世界に生きている。そう思うと、世界は反転しないだろうか。

『ビバリウム』で描かれる極限状況は、100%虚構であって欲しい。ビバリウム=生物の飼育、展示用の容器だと知ると、果たしてどうなのか。

『ビバリウム』の中で一番楽しんだシーンは、最後の方にある。驚きと「そうだったのか」という恐怖の二重奏が畳み込んでくるシーンだ。そこが、『鬼滅の刃』のあるエピソードの見どころシーンとそっくりなのだ。人間の想像力には、共通性と限界があるのかもしれない。リアルを描いているのでない以上。まさかね。

オライカート昌子

ビバリウム
2021年3月12日(金)、
TOHOシネマズシャンテ他全国公開
© Fantastic Films Ltd/Frakas Productions SPRL/Pingpong Film
配給:パルコ
監督:ロルカン・フィネガン 
脚本:ギャレット・シャンリー 
出演:ジェシー・アイゼンバーグ、イモージェン・プーツ、ジョナサン・アリスほか
2019|ベルギー・デンマーク・アイルランド|英語|98分|シネマスコープ|原題:VIVARIUM|字幕翻訳:柏野文映|R-15