『シラノ』映画レビュー

映画『シラノ』は、どんなアミューズメントパークより刺激的な、感情のジェットコースターに乗せてくれる。甘く、切なく、美しい。そして、苦しい。さらに大きな愛がある。計算され尽くし、そこにありったけのエネルギーを注ぎ込んで、それが、幸福に結実した映画なのだ。

1897年上演されたエドモン・ロスタンの戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」をベースにしたミュージカルの映画版だが、主人公のシラノ・ド・ベルジュラックを、小さな身体に、ゆるぎのない存在感と真実感を持ったピーター・ディンクレイジが演じることで、忘れがたい印象を残してくれる。

冒頭から始まる高揚感は、速度が極めつけだ。ロクサーヌが、劇場へ向かう道で、「永遠にそばにいる、命を懸けた恋をしたい」と歌うシーンから、どんどん興奮度が上がっていく。

シラノの登場はまた派手で、舞台に上がった有名俳優を引きずり下ろし、背が低いシラノを侮辱した貴族と決闘するアクションシークエンス。映画の密度は、どんどん上がっていく

映画『シラノ』は、ミュージカルということを忘れるほど、ドラマと歌とダンスやアクションが、シームレスに続く。カメラワークも縦横無尽に駆け回る。

クライマックスの窓の外のシーンから戦場へと向かうころになると、徐々に高揚感は熟成した静けさにとってかわる。

気が付くと、ジョー・ライト監督の代表作の一つ、不朽の恋愛ドラマ、『つぐない』と、ほぼ同じ流れとなっていることに気づいた。この作品も、高揚から余韻へと至る緻密な構成となっている。

音楽、美術、ストーリーも完璧に作り上げられているのだけれど、一番充実した喜びを感じさせてくれたのは、ピーター・ディンクレイジが演じるシラノのちょっとした「間」だ。ウィリアムと最初に会った瞬間の彼の変化する表情としぐさ、ロクサーヌに告白しようとした瞬間の間。そして、最後の荘厳なシークエンス。彼の俳優としての魅力と底力を十分に見せつけてくれる。

(オライカート昌子)

シラノ
(C)2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.
2021年製作/124分/PG12/イギリス・アメリカ合作
原題:Cyrano
配給:東宝東和