『アイアンクロー』映画レビュー 苦みと華やかさと日常の尊さ

実話の映画化は、宝の山なのだろうか。あり得ないストーリーで驚かされることがある。お涙頂戴映画より感動的で、ヒーロー映画より英雄的で、おとぎ話よりも不思議だ。

『アイアンクロー』には、そのすべてが詰まっている。感動的で力強い。気高く哀しい。映画制作・配給会社「A24」の映画にしては泥臭い。プロレスは泥臭いものだ。汗と血とパワーと筋肉がスクリーンに渦巻いている。

アイアンクロー鉄の爪=を得意技としたアメリカの伝説的な悪役プロレスラー、元AWA世界ヘビー級王座フリッツ・フォン・エリックを父に持ち、プロレスの道を歩むことになった兄弟の実話が映画のベースになっている。

兄弟はケビン、デビッド、ケリー、マイク。幼いころに亡くなった長男もいる。彼らは、父と同じ道を歩むのだろうか。その運命がもたらすものは、栄光だけではない。衝撃的な出来事が彼らを襲ってくる。

栄光へと向かう道は、若さ、はつらつとした個性、楽しみ、家族の安心感がスクリーンから溢れ出る。クラクラするほどの眩しさだ。80年代の休日。それをたっぷりと見せられた後なだけ、衝撃はつらい。

80年代は、プロレスが輝いていた時代だ。テレビの地上波でもゴールデンタイムにプロレス中継が行われていた。そしてアメリカでも大小さまざまなプロレス団体が地方に存在していた。『アイアンクロー』が描くのは、そんな時代だ。

次男のケビンを演じているのは、ザック・エフロン。『ハイスクール・ミュージカル』で見せたアイドル然とした姿はもうない。ケビンは、物静かで、口下手。だから挑発やしゃべりのうまさも一つの仕事であるプロレスラーとしては華がない。だが、真面目で家族思いの彼の存在は、映画を強く支えている。その寡黙な姿から目が離せない。

監督の『不都合な理想の夫婦』『マーサ、あるいはマーシー・メイ』のショーン・ダーキンは、イギリスの片田舎で育ちながら、青年時代アメリカのプロレス情報にワクワクしていたという。そしていつか、この一家のストーリーを映画化したいという夢を現実化した。

エンディングの一つ手前のシーンの、美しさと感動は忘れられない。もちろん映画の締めくくりにも心動かされる。苦みと華やかさと日常の尊さが残る。

(オライカート昌子)

アイアンクロー
4月5日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
© 2023 House Claw Rights LLC; Claw Film LLC; British Broadcasting Corporation. All Rights Reserved.
監督・脚本:ショーン・ダーキン
出演:ザック・エフロン、ジェレミー・アレン・ホワイト、ハリス・ディキンソン、モーラ・ティアニー、スタンリー・シモンズ、ホルト・マッキャラニー、リリー・ジェームズ
2023年/アメリカ/英語/132分/カラー・モノクロ/ビスタ/原題:THE IRON CLAW/字幕翻訳:稲田嵯裕里/G