『メイ・ディセンバー ゆれる真実』映画レビュー 女の欲望に魅了され音楽に幻惑させられる

『メイ・ディセンバー ゆれる真実』は、女優同士の対決の勢いに圧倒され、息をのまずにはいられない。一人は、ナタリー・ポートマン。もう一人は、ジュリアン・ムーア。女優魂とは、かくも凄まじいものなのか。

ナタリー・ポートマンは、女優役、エリザベスを演じている。製作陣にも名を連ね、やりたいことをやり尽くしている。今までのナタリー・ポートマンに、一定のイメージを持っていたとしても『メイ・ディセンバー ゆれる真実』を見れば、それは一新されるだろう。彼女が潜在的に持っている何かに魂が揺さぶられるはずだ。

ジュリアン・ムーアの演技は、個人的にそれほど凄みを感じたことはなく、魅惑されたこともなかったけれど、『メイ・ディセンバー ゆれる真実』でのグレイシー役は、忘れることができないほど鮮やかで印象深かった。思い出すたび、胸が焼けこげるような思いにさせられる。二人とも、渾身の演技を見せているわけではなく、ごく普通に軽やかにこなしているだけなのに。

題材は、メイ・ディッセンバー。親子ほど年の離れた夫婦という意味。グレイシーは、36歳の時に、自分の息子と同い年で、23歳年下の13歳の少年ジョーと恋に落ち、子どもを授かる。だがそれは犯罪となり、獄中出産となった。

20年前のその事件は、世界を騒がせた。その映画化のリサーチのためにグレイシーのもとにやってきたのが、エリザベスだ。エリザベスは、グレイシーを演じる予定だ。

夫婦となったグレイシーとジョーは、幸福で平穏な日々を送っていた。エリザベスがやってきたことで、その幸福と平穏の真実の姿が少しづつあらわになっていく。

『メイ・ディセンバー ゆれる真実』の中で、一番ギクリとさせられるのが、主張し意思を持つ音楽だ。スクリーン上では、グレイシーの平凡で満ち足りた生活がホームドラマのように平明に描かれている。音楽との不協和が大きい。

だが、後半に行くにしたがって、音楽とスクリーンでの出来事が次第に調和してくる。同時に見ている側のスリルと感情の揺れも激しくなる。そのペース配分は、見事だ。

そして、事件の真実が明らかになりそうな気配とともに、女の持つ欲望が見えてくるプロセスに心惹かれる。男にだって欲望はもちろんあるけれど、種類が違う。

女が欲望にとらわれると、底なし沼のようになる。沼の奥には、さらなる飢えが口を開けて待っている。男であるトッド・ヘインズ監督と、脚本を書いたサミー・バーチは、女の姿を、女性監督以上の濃さと前のめりの情熱で描いている。女という存在に魅せられているのだ。それは私も同じだ。

(オライカート昌子)

メイ・ディセンバー ゆれる真実
2024 年 7 月 12 日(金)
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
©2023. May December 2022 Investors LLC, ALL Rights Reserved.
配給:ハピネットファントム・スタジオ
監督:トッド・ヘインズ(『キャロル』)脚本:サミー・バーチ
原案:サミー・バーチ、アレックス・メヒャニク
出演:ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーア、チャールズ・メルトン
2023年|アメリカ|カラー|アメリカンビスタ|5.1ch|英語|