
『誰よりもつよく抱きしめて』は、新堂冬樹原作の純愛小説の映画化。胸キュンポイントも盛りだくさん。けれど私としては中心となる書店員の桐本月菜(久保史緒里)のたくましさと強さに、背筋が伸びる思いがした。
月菜は、恋愛映画のヒロイン。愛する対象の水島良城(三山凌輝)は、強迫性潔癖症になってしまった。そしてそこにもう一人、イ・ジェホン(ファン・チャンソン)が現われる。どこまでも優しいイ・ジェホンだったが、彼もまた一種の弱さを抱えていた。三角関係がスタート。普通のヒロインなら、風になびく木の葉のように揺れ動いて当然。だが月菜の自律性は、年輪を刻んだ木のようにしなやかで真っすぐだ。月菜が下す決断と行動に一瞬も目が離せない。
月菜は、なんてカッコいいんだろう。そういう感想は、なかなか恋愛映画ではでてこない。
『誰よりもつよく抱きしめて』は、『ミッドナイトスワン』の内田英治監督作品。『ミッドナイトスワン』では、トランスジェンダーの凪沙を草彅剛が演じて話題になった。凪沙には唯一無二の存在感があったが、月菜の存在感も勝るとも劣らない。水島良城もイ・ジェホンも自在に表情を変える演技を見せてくれる。
ところで、草彅剛は元アイドル。月菜を演じる久保史緒里も乃木坂46のセンターを経験している。三山凌輝はBE:FIRSTメンバーRYOKI。そしてファン・チャンソンは、韓国ボーカル・ダンスグループ・2PMのメンバーだ。
内田英治監督は、アイドルが経験してきたもの、そしてアイドルが持つ芯を見極め、映画の登場人物として強力に再生させる力があるのではないか。
『誰よりもつよく抱きしめて』は、心の距離感、肉体的な距離感を鮮明に描いている。そこにもアイドルを起用している理由があるのかもしれない。アイドルは、ファンとの心の距離と肉体的な距離を常に意識しないといけない存在だから。
月菜には、若葉が生い茂るようなきらめきを与えてくれるような躍動感があるけれど、それは忘れていたものを思い出させてくれたような気がした。明治大正昭和初期ぐらいの小説の女主人公たちだ。菊池寛が『真珠夫人』や通俗小説で描いたしなやかで強力な女性たち。デュ・モーリアが描いた女性たちだ。彼女たちが持っていたもので、今は薄れてしまったものは何なのだろう。
誰よりもつよく抱きしめて
全国公開中
©2025「誰よりもつよく抱きしめて」HIAN /アークエンタテインメント
配給:アークエンタテインメント
原作:新堂冬樹「誰よりもつよく抱きしめて」(光文社文庫)
監督:内田英治
脚本:イ・ナウォン
出演:三山凌輝、久保史緒里(乃木坂46)、ファン・チャンソン(2PM)