『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』映画レビュー

この映画を配給するのはファントム・フィルムさん。

上手い邦題をつけてくれました。

このタイトルにディック・ロングの死のヒントがあるからね!

上手いポスターも作ってくれました。

このポスターには死の原因が隠されているからね!

終映後、もう一度タイトルとポスターをご覧なさい。

思わずポ〜ンと膝を叩くはず。

そしてニヤリとほお緩め、もう一度見たくなるはず。

映画は、アラバマの田舎町で起こったある事件の顛末を描いている。

売れないバンド仲間のジーク、アール、ディックの3人は

夜な夜な町外れのガレージに集まり、酒とクスリでバカ騒ぎ。

そんなある夜、ディックが突然死んでしまう。

ディックはなぜ死んだのか!

誰もが知り合いという田舎町には、またたく間にウワサが広がり、

ディックの死でもちきりとなる。

田舎警察は、「殺人事件」として捜査を進める。

ディックの死の真相を知るジークとアールは、

なぜか自分たちの痕跡を揉み消そうと必死だ。

その時! 

田舎町の黒人検屍医がディックの死因を明らかにする。

それはトンデモナイものだった。。。

映画を製作したのは2012年夏に設立されたばかりのA24。

ソフィア・コッポラ監督の私小説ともいえる『ブリングリング』、

アカデミー賞を獲得した新感覚スリラー『エクス・マキナ』、

ノア・バームバック監督の息抜き『ヤング・アダルト・ニューヨーク』、

トロント映画祭観客賞とアカデミー賞を制した社会問題作『ルーム』。

A24の注目作はまだまだ続く。

『グッド・タイム』、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』、

『レディ・バード』、『アンダー・ザ・シルバーレイク』、

『ディザスター・アーティスト』に『アンカット・ダイヤモンド』!

さらに! 相次いで観客を恐怖のズンドコに叩き落してくれた

奇才アリ・スター監督の『ヘレディタリー/継承』と『ミッドサマー』。

まだある。

出演者がトム・ハーディだけの『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』。

過ちを犯した男がひっきりなしにかかってくる電話に対応せざるをえない、

サスペンスドラマの傑作。

ハイウェイを走る車の中だけという密室劇に世界は唸った。

そして、当レビューでもご紹介したマスターピース2本。

『ムーンライト』と、絶賛公開中の『WAVES/ウェイブス』!

こうして眺めると、改めてA24の先見性と懐の深さには驚くばかりだ。

その源にあるのは、オリジナル脚本と監督の熱意を見抜く姿勢だろう。

金に物言わせ、片っぱしからベストセラーの映画化を狙うメジャーとは違う。

実話の映画化にそっくりメイクの大スターをはめるだけの話題作とも違う。

若き、映画業界出身の3名(と聞く)が立ち上げたA24の姿勢は、

この『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』にもあふれている。

これまでの100本近く作られたA24関連作品のうち、

95%ほどがオリジナル脚本で、そのまま監督も務める場合が多い。

映画『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』は、

それに当たらないが(なんだよ、ここまで持ち上げといて、笑)、

監督のダニエル・シャイナートいわく、

「脚本のビリー・チューとは長い付き合いの親友」というから、

一心同体で共同作業と言ってもいいだろう。

監督は続けて、

「こんなに興奮して冷や汗をかくような脚本と出会ったのは初めてだった。

この脚本のおかげで、考え得る最高の俳優たちを集め、

この物語を描くチャンスを得ることが出来たんだ」と語っている。

「最高の俳優たちを集め」とあるが、タイトルロールのディック・ロングを

演じているのは、ダニエル・シャイナート監督本人というのがご愛敬。

映画はこのディック・ロングの死の原因をひた隠そうともがく

ジークとアールにスポットを当てて進んでいく。

あまりにも、この2人の言動がおバカすぎて、

私たち観客もサーカスの綱渡りをしているようでハラハラと居心地が悪い。

そこに、田舎町の警察がやってくる。

保安官は杖をついた高齢の太っちょおばあさん。

助手の巡査もアラバマのアップルパイが好きそうな太っちょ女警さん。

こんな具合に、A24お墨付きのオリジナル脚本は

みごと観客想像の遥か上を飛び越えてくれるから楽しい。

男たちの短絡的な行動の連続に、観客は何十回と舌打ちしながら

付き合わざるをえなくなるジャスト100分の物語。

100分後、邦題とポスターの謎が明らかとなるのだ。

(武茂孝志)

文末にファントム・フィルムさんが用意してくれた

『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』のトリビアを紹介しています。

ぜひ終映後にお読みください。

『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』

8月7日(金)より

ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか

全国ロードショー

● スタッフ

ダニエル・シャイナート(監督/プロデューサー)

ビリー・チュー(脚本)

ジョナサン・ワング(プロデューサー)

メロディー・シスク(プロデューサー)

ステファニー・リンチ(プロデューサー)

アシュリー・コナー(撮影)

アリ・ルビンフェルド(美術)

ポール・ロジャース(編集)

アンディー・ハル(音楽)

ロバート・マクダウェル(音楽)

レイチェル・ストリングフェロー(衣装)

テッド・スピーカー(共同プロデューサー/ラインプロデューサー)

●出演と役名

マイケル・アボット・ジュニア(ジーク・オルセン)

ヴァージニア・ニューコム(ジークの妻)

アンドレ・ハイランド(アール・ワイエス)

サラ・ベイカー(太っちょ女性巡査)

ジェス・ワイクスラー(ディックの妻)

ポピー・カニングハム(ジークの娘)

ロイ・ウッド・ジュニア(検屍医)

スニータ・マニ(アールのガールフレンド)

ジャネル・コクラン(太っちょ女性保安官)

ダニエル・シャイナート(ディック・ロング)

●物語を盛り上げるサウンドトラック

It’s Been Awhile――Staind

Break It To Me Gently――Brenda Lee

Strange Way――Firefall

Better Than Me――Hinder

Boom――P.O.D

With Arms Wide Open――Creed

Lawnmower Man――Gucci Mane

The Weight of Lies――Avett Brothers

How You Remind Me――Nickelback

原題:The Death of Dick Long│2019 年│アメリカ映画│ビスタサイズ│上映時間:100 分│映倫区分:PG12│字幕翻訳:佐藤恵子│提供:ファントム・フィルム/TCエンタテインメント│配給:ファントム・フィルム

©2018 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

(終映後に確認したい)映画のトリビア

★ジークの娘シンシアのお気に入りのおもちゃは馬の人形。

★リディアが料理をするシーン、

ジークが置いて行ったディック・ロングの免許証が映される。

カメラがスライドすると、免許証のすぐ横に綺麗に並べられた

ニンジンが意味ありげに映される。

★ディックが死ぬ前に最後に食べたのは、

ジョージア州に本拠地を置くファーストフードチェーン、

アービーズのサンドイッチ。看板商品はローストビーフ・サンドイッチで、

ホースラディッシュを使った“ホーシ―・ソース”が人気。

監督が影響を受けたと語る『ファーゴ』でも登場人物が

アービーズを食べるシーンがある。

★ジーク、アール、ディックの3人が組むバンドの名前は「ピンク・フロイト」。プログレッシブ・ロックの代表格「ピンク・フロイド」をもじったネーミングだが、彼らの代表作にして全世界で 5000 万枚以上のセールスを記録した

アルバムタイトルは『狂気(原題: The Dark Side of the Moon)』。

まさに、3人の男たちの常軌を逸した行動を暗示している。

★オープニングで 3人のバンド「ピンク・フロイト」が練習しているのは

アメリカが誇るハードロックバンド、ステインドの代表曲「It’s Been Awhile」。

★アールの家で流れる「Boom」のバンド P.O.D は、

Payable On Death(“死による償い”の意味)の略で、

メンバー全員敬虔なクリスチャンのヘヴィ・メタル・ロック・バンドである。

★同じくアールの家で流れる「With Arms Wide Open」のクリードは、

全世界で CD セールス 3,500 万を超えるモンスターバンドで、

アメリカ陸軍の高官がニッケルバックらと並び「不快なロック・グループ」として兵士に聞くことを禁止にしたことでも知られる。

★2人が訪れたバーで流れている「Lawnmower Man」を歌うラッパーの

グッチメインはアラバマ州バーミングハム出身である。

★ラストでジークとアールが歌うニッケルバックの

代表曲「How You Remind Me」。

過去の行いへの後悔を歌う歌詞は、取り返しのつかないことを

やらかしてしまった彼らの心情をそのまま表している。