先日観た学園ホラー『アナザー』は、会話のテンポが緩やかなせいでついうとうとし、ふと気づくと誰かが死んでいるというかんじだった。ホラー映画で居眠りした記憶はほとんどなく、年のせいか、早くも夏まけかと、物語と関係ないところで怯えた。映画のテンポが自分の生理に合うかどうかは肝腎なことで、この『リンカーン弁護士』とはテンポがぴったり合う。題名の示す高級車“リンカーン・コンチネンタル”に同乗しているようで気持ちがいい。
小悪党どもの訴訟も巧みにさばく世渡り上手な弁護士ミック(マシュー・マコノヒー)にまたうまい話が持ち込まれた。裕福で育ちのよさそうな青年ルイス(ライアン・フィリップ)が、酒場で知り合った女性に暴行を働いたと訴えられたのだ。双方の言い分は食い違い、ルイスは罠にはめられたと無実を主張する。ところがルイスの言い分のほうが怪しくなってくる。過去にある惨殺事件の弁護を引き受けたミックは、無実を叫ぶ容疑者に司法取引を勧めて終身刑にとどめたが、彼は真犯人ではなかったとわかる。悔やんでも悔やみきれないことに、ミックこそがルイスの罠にはめられたのである。
世の中をなめきっていたミックだが、形勢は逆転、別れて暮らす妻子のためにも目前の危機を乗り越えなければならなくなる。ひきしまった表情になったマシュー・マコノヒーの奮戦ぶりは、さっそうと走るリンカーン・コンチネンタルの後部座席から身を乗り出したくなる素晴らしさで、快適このうえない。さらに心をくすぐるのは、スネに傷持つ風情のお抱え黒人運転手や、むさくるしいバイカー連中、刑務所にいるしたたかな犯罪者との、荒っぽいがつぼを押さえた駆け引きの数々。ひとつの事件から四方八方に拡がっていく人間関係の綾が絶妙で、ときにそれが説明不足であっても気にならないのだ。
どこか現代の西部劇のようにも思えるのは、ここアメリカがまるで無法世界のようだからだ。たとえば青年ルイスを主人公に、ミックというチンピラ弁護士を痛めつけ、振り回す犯罪ドラマに仕立てることも可能だろう。つまりこの映画世界で強調されるのは“正義”ではなく“ある倫理観”である。どこか後ろ暗い倫理観を共有できることが快適なテンポとなり、それが共有する歓びをさらに高める。久々に続編を期待したくなる佳作である。
(内海陽子)
リンカーン弁護士
7/14(土)より丸の内ピカデリーほか全国ロードショー
公式サイト TLL-eiga.com
“『リンカーン弁護士』レビュー” への1件のフィードバック