私にとって、サンフランシスコは鬼門だ。

「hey! イエロー・ビーンズ!」。

初日、白人男性から洗礼を受けた。

コンビニのレジ横に置かれた護身用の銃にビビり、

楽しみにしていたピアノ・バーでは完膚無きまでにボラれた。

名所ゴールデン・ゲート・ブリッジでは若い白人の「自転車」に煽られた。

これでは、まるで喜劇だ。

最終日の夜、ロサンゼルスに移動するバス乗り場では

黒人がボコボコにされていた。

ただただ傍観するしかなく、己の情けなさを痛感した。

(でもあの場では、誰もがそうだったろう)

坂道が多く、バランスを崩しやすい街。

名物の濃霧で自分をも見失う街、でもある。

反面、サンフランシスコはアメリカン・ドリームの地として

輝かしい歴史を重ねてきた。

一攫千金に沸いたゴールドラッシュ、反戦、男女平等、性モラルを叫んだ

様々なリベラル運動の拠点、そしてハイテク産業の発祥地。


とくに、シリコンバレーを中心としたITバブルで、

サンフランシスコの生活水準は急上昇した。

不動産価値と世帯所得はいずれも世界トップクラス。

生活費の高騰で、低所得者は街を去って郊外のベイ・エリアに移り住む。

映画の主人公ジミーもここに住んでいる。

サンフランシスコで生まれ育ったジミーは、

祖父が建て、かつて家族と暮らした思い出の宿る

ヴィクトリアン様式の美しい家を愛していた。

変わりゆく街の中にあって、

地区の景観とともに観光名所になっていたその家は、

ある日現在の家主が手放すことになり売りに出される。

再びこの家を手に入れたいと願い奔走するジミーは、

いまはあまり良い関係にあるとは言えない父を訪ねて思いを語る。

そんなジミーの切実な思いを、友人モントは、

いつも静かに支えていた。


いまや都市開発・産業発展によって、

「最もお金のかかる街」となったサンフランシスコで、

彼は失くしたものを、自分の心の在りどころであるこの家を、

取り戻すことはできるのか。

監督のジョー・タルボットは、サンフランシスコ第5世代。

映画を撮るために高校を退学して、

幼なじみのジミー・フェイルズと映画製作を始めたという。

ロバート・レッドフォード主宰のサンダンス・インスティチュートで

実績を積み、本作が長編デビューとなった。

熱意そのままに、幼なじみのジミーが主人公に。

それもジミー・フェイルズと言う実名で出演している。

劇中、ほどなく歌が聴こえてくる。

1967年の「花のサンフランシスコ」だ。

ベトナム戦争を憂い、反戦の象徴として花を用いて抵抗した時代の名曲。


「武器ではなく、花を」をスローガンとして

サンフランシスコに集まった若者たちは、

やがてフラワー・チルドレンとして大きなうねりを持って

アメリカを変えていった。

監督とジミーは、その昔懐かしい、一致団結の若いうねりを

「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」で再現、

映し出したかったのだろう。

しかし、映画は「ドゥ・ザ・ライト・シング」(1989)のように声高ではない。

じんわりと墨が和紙に染み入るような語り口だ。

その語り口をより魅力的に活かしているのが、

もう一つのスコア、エミール・モセリのオリジナル曲である。

サックスとピアノによるナンバーは錆び付いた身体を

いま一度奮い立たせるような雰囲気があって心地よい。

エミールのもうひとつのナンバーは、力尽きた身体が天に召されるような調べ。

ゴールデン・ゲート・ブリッジを背に

海上からサンフランシスコを眺めているシーンが忘れがたい。

エミール・モセリ。この名に会えただけでも十分な価値はあるはずだ。


終盤、バスの中でアッパークラス風な白人女性が一言吐く。

「サンフランシスコはゲスだ!」

乗り合わせた黒人のジミーが即座に反応してこれまた一言。

この一言が映画作り手たちの感慨なのだろう。

かつて、ヒッチコックはサンフランシスコで『めまい』を撮った。

60年以上経った今でも映画ランキングで1位2位を争うマスターピース。

幻の女に取り憑かれ、サンフランシスコをさまよう男の話。

やがて男は精神に異常をきたしていく。

とにかく坂道が多く、バランスを崩しやすい街。

名物の濃霧で自分を見失う街。

「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」の主人公ジミーは、

変貌めまぐるしく、やがて人を寄せ付けなくなった街の片隅で

めまいを感じながらもバランスを保とうとする私たちのようだ。

だから感情移入しやすい。

ふと立ち止まると、「サンフランシスコ」は世界中どこにでもあると気づく。

いまこそ1967年のような若者のイデオロギー、

若いうねりが必要とされる時代なのだ。

映画は、こうメッセージしている。

(武茂孝志)

『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』

10月9日(金)より

新宿シネマカリテ、シネクイントほかにて全国ロードショー

監督・脚本:ジョー・タルボット

共同脚本:ロブ・リチャート

原案:ジョー・タルボット、ジミー・フェイルズ

音楽:エミール・モセリ

出演:ジミー・フェイルズ、ジョナサン・メジャース、ロブ・モーガン、

ダニー・グローヴァー

配給:ファントム・フィルム

提供:ファントム・フィルム/TC エンタテインメント

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【原題 The Last Black Man in San Francisco/2019年/アメリカ/英語/

ビスタサイズ/120分/PG12】

字幕翻訳:稲田嵯裕里