
家族にはいろいろある。危機に直面した家族、崩れかけた家族、それとは反対に、家族の再生の物語もある。映画の中で描かれる家族は、スーパーの棚のようにバラエティに富んでいる。
『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』は、ニューヨークに住む家族の物語だ。一味違う。甘い蜜と毒を混ぜ合わせたように尖った印象がある。日本人の夫、賢治(西島秀俊)と台湾系アメリカ人の妻ジェーン(グイ・ルンメイ)。そして幼稚園児の一人息子。
ジェーンは老いた両親が営んでいた地域密着型のコンビニエンスストアの仕事も臨時的に引き受けている。彼女のライフワークは、人形劇のアートディレクター。それに集中したいと願っている。夫の賢治は大学の助教授。専門は廃墟。人形劇と廃墟とは、なんとも粋な取り合わせだ。
賢治とジェーンは、ともに生きているけれど、知らないうちに心に距離ができている。大切に思っているものが、変化している。家族をまとめているのは、日常のルーティーンと慣れ。ある日、息子がいなくなる。それがきっかけとなり、賢治とジェーンの中に潜んでいたものが、ゆっくりと立ち上がる。
「ディストラクション・ベイビーズ」「宮本から君へ」の真利子哲也監督が描くのは、美しくないニューヨークだ。鉄サビ、危険、古い車がまき散らす騒音、雑然とした日常。息子がいなくなっから次々と明かされるいくつもの真相は、不協和音のようだ。
表面上の醜さの影に隠れているものは、はっきりと描かれてはいないけれど、かすかに感じとれる。彼ら夫婦の過去の形や未来が、奥まった静謐な世界にある。家族の歴史と思い。そして個人の心の世界だ。流転し変化していく表の「無常」と、静かに横たわる裏の世界がうっすらと映し出されていて、廃墟と人形劇がまぶしている独特の役割を感じさせる。純粋な描かれない世界は、西島秀俊とグイ・ルンメイだからこそ独特の香りが漂う。余韻の深さはピカだ。
Dear Stranger/ディア・ストレンジャー
2025年9月、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
配給:東映
(c)Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.
監督・脚本:真利子哲也
出演: 西島秀俊 グイ・ルンメイ