恐怖映画『異端者の家』

恐怖劇の魔王ジョーダン・ピール監督『アス』(2019)の冒頭。
「アメリカ本土の地下には数千キロのトンネルがある。
廃棄された地下鉄網。使われなくなった通路、そして廃坑などだ。
多くの者は、それらが存在する意味を知らない」と語る。

ジョーダン・ピールは2017年の大ヒット『ゲット・アウト』でも
地下の恐怖を白人絶対主義と共に描いている。

さて、この『異端者の家』監督も地下の絶対的恐怖がお好きらしい。
彼ら(監督はアイオワ州の幼馴染ふたり)の出世作が
2018年の『クワイエット・プレイス』の原案と脚本だからだ。

異端者の家』ではエロ話に興じるふたりの若いモルモン宣教師に

地下で立ち直れないほどの恐怖が与えられる。

女たちを奈落に落とすのはラブコメ俳優ヒュー・グラント!
優しい笑顔の裏側に凶暴性を秘めた演技は「死ぬほど恐ろしい」、
「パディントン2を二度と同じようには見られないだろう」と大評判だ。

だから、冷たい雨が降り出す夕暮れ、
鬱蒼の中に佇む一軒家の主人グラントに招かれる
ふたりの若いモルモン宣教女子に明日はないと予想する。

グラントが古いレコードで流す曲にピンとくる人も多いはず。
ホリーズの名曲「やすらぎの世界へ The Air That I Breath」だ。

「もし願いがひとつ叶うとしても、私はたぶん何も願わない。
眠りも、光も、音も、食べ物も読む本さえいらない」

この曲がリフレインされると絶望感が漂う。

思えばスティーヴ・カレルとキーラ・ナイトレイの
『エンド・オブ・ザ・ワールド』(2012)で地球滅亡を迎える
ふたりに流れていたのもこの「やすらぎの世界へ」だったなぁ。

グラントはさらに宗教哲学を引用し、
モノポリーやファストフードについてとりとめのない話で
ふたりの女子を混乱させていく。

小さな窓、鍵のかかったドア、精神を迷わすラビリンスのような廊下、
隅から隅まで異端者の世界観を創り出したのがチョン・ジョンフン!

『オールド・ボーイ』、『お嬢さん』、『渇き』、そして近年の英語作品では
『IT/イット それが見えたら、終わり』や『ラストナイト・イン・ソーホー』。
韓国のベテラン撮影監督チョン・ジョンフンの手腕がここに蘇る。

捉えどころのない根源的な恐怖を、印象的でトラウマとなるホラー映画へと
昇華させるジョンフンの豊かな才能をこれでもかと見せつける。

監督曰く、
「早い段階で、家自体がキャラクターだと話し合っていました。
3人の主要人物に不気味に迫る4人目のキャラクターです」

本国アメリカ版のポスターにもデザインされた
ブルーベリー・パイ風味のアロマキャンドルも重要な役割。

その甘ったるい香りに安心しきったふたりの女子が、
やがて地下に降りていき、香りがニオイへと変わる瞬間、
異端者の家のナゾが明らかになるからだ。

(武茂孝志)

『異端者の家』

監習/脚本:スコット・ベック、ブライアン・ウッズ

キャスト:ヒュー・グラント、ソフィー・サッチャー、クロエ・イースト

原題:Heretic / 2024年|アメリカ・カナダ|字幕翻訳:松浦美奈

上映時間:1時間51分

配給:ハピネットファントム・スタジオ

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