
あらためて手持ちの『悪は存在せず』(2020年)を自宅で見直しました。
4話オムニバス形式でイランにおける死刑制度の是非を問い、
イランでは上映禁止処分を受けたものの、
第70回ベルリン国際映画祭で金熊賞(作品賞)に輝いた問題作です。
物語のラストはファーストシーンを匂わせ、
メビウスの輪のようにけっして終わりを告げようとしない問題作。
この映画で監督のモハマド・ラスロスは逮捕され収監されました。
「収監された体験は、貴重なものでした。
イランで『ジーナ(女性、命、自由)運動』が起こったのと
同時期だったからです。
私は、収監されていた他の政治犯とともに、
監獄内で社会的な変化を目の当たりにしました」と監督は言います。
釈放されたとき自問したのは、
「いまどんな映画をつくるべきか」と。
2022年9月16日、
イランで22歳の女性ジーナ・マフサ・アミニ氏が警察による暴行で
死亡したとされる事件を皆さんは記憶されていますか。
女性は慎ましく生きるべき! というイラン・イスラーム共産国政権。
女性のヒジャーブ(頭髪を覆うヴェールの一種)義務化に
対する抗議が世界的に広がりました。
あの「#MeToo運動」にも似た男尊女卑抗議のうねり。
こうして『聖なるイチジクの種』の制作が秘密裏に始まったのでしょう。
よみがえる撮影中の逮捕、
また、スタッフ、キャストの命を危険にさらす恐怖も感じながらの映画制作。
監督は、財産没収などの実刑判決を受けながらも2024年に国外へ脱出。
28日間かけてカンヌ国際映画祭に足を踏み入れ、
『聖なるイチジクの種』のプレミアに参加した、と聞きます。
物語の起爆剤はやはり「ジーナ運動」でした。
映画のストーリーはこうです。
市民による政府への反抗議デモで揺れるイラン。
国家公務に従事する一家の主、イマンは20年間にわたる勤勉さと
愛国心を買われ夢にまで見た予審判事に昇進。
しかし仕事は、
反政府デモ逮捕者の起訴状を国の指示通りに捏造することだった。
不当な刑罰を課された市民たちによる反感感情は日々募り、
国からは護身用の銃が支給される。
そんなある日、家庭内からその銃が消えた。
最初はイマンの不始末による紛失だと思われたが、
次第に疑いの目は、妻・ナジメ、姉のレズワン、妹・サナの3人に向けられ、
物語は予想不能に壮絶に狂いだす。
前作『悪は存在せず』同様、政治ドキュメンタリーとはせず、
サスペンス・スリラーとして世界の注目を得られた監督の思惑に唸ります。
誤解を招くかもしれませんが、
商業ベースに乗せる作りでより多くの観客に恵まれ、
より多くの国々での公開も望めたわけです。
よって、カンヌ国際映画祭では審査員特別賞受賞の栄冠を勝ち取り、
独り立ちも叶いました。
とにかく、この「衝撃サスペンス・スリラー」をご覧あれ。
そして震えながら、「ジーナ運動」を読み取ってほしい。
最後に『聖なるイチジクの種』なる風変わりなタイトルの意味を記しましょう。
「私は、長年イランの南の島で暮らしてきました。
その島には、聖なるイチジクの古木があります。
この木のライフサイクルに私は心を奪われました。
種は鳥に運ばれ、他の木の枝に落ちます。
そして芽を出し、大地に向かって根を伸ばします。
根が地面に届くと、聖なるイチジクの木は自身の足で立ち、
育ててもらった木を締め殺すのです」(モハマド・ラスロフ)
『聖なるイチジクの種』
2月14日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
監督:モハマド・ラスロフ
出演:ミシャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニ、
マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキ
原題:The Seed of the Sacred Fig
2024年 フランス・ドイツ・イラン
カラーシネスコ 5.1ch 167分
字幕翻訳:佐藤恵子
配給:ギャガ
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