『アフター・ヤン』映画レビュー

『アフター・ヤン』は茶葉の香りがする。風が梢を揺らす空気感がある。近未来を舞台にした映画なのに自然描写がゆるやかに広がっていく。

と、思っていたら、突然、家族ダンスバトルがスタート。汗が飛び散り、リズムが身体に染みわたる。決して単調ではない家族の物語だ。喪失と愛着と思い出の映画でもある

監督・脚本は、『コロンバス』のコゴナダ監督。アレクサンダー・ワインスタインの短編小説「Saying Goodbye to Yang」が、もとになっている。音楽は坂本龍一。音楽の自己主張は強い。映像の透明性とインパクトも同じように強い。

ロボットが家庭用に普及した未来。それ以外は、現代と変わらない。夫のジェイクは、茶葉を売る店を経営。ゆったりとした空間が心地良いが、流行っている店ではないようだ。妻は、勤め人。子どもは二人。ミカと、ヤン。二人ともアジア人なので、養子であることがわかる。兄の方のヤンが動かなくなってしまったことから、ヤンがAIロボットで、ミカの面倒を見つつ、ミカのルーツである中国の文化を伝える役目を持っていたことがわかる。

ジェイクは、ヤンを修理するために奔走するが、中古ロボットだったため、簡単には修理できないらしい。ミカは、ヤンの帰宅を心待ちにしている。ジェイクと妻のカイラも、ヤンの不在が家族に大きな空洞を作ったことに心痛める。優しくて頼りになった大きな存在だったのだ。

果たしてヤンは戻ってくるのか、こないのか。

ここで、物語はカーブする。ヤンの脳に埋め込まれた情報は、ヤンが見たもの、ヤンの思い出がたっぷり詰まっていた。そこから喪失と愛着、ミステリアスなヤンの人生の振り返りが、不思議な形で繰り広げられる。

ごく普通に接していたものが失われること。いるのが当たり前だった人が遠くへ行ってしまうこと。どんなに愛していようと、頼っていようと、それは消えていく。寂しく愛おしい感情を残しながら少しずつ遠ざかっていく。その様子は、余韻となって、心を包み込む。『アフター・ヤン』は、ゆったり、しっとりと味わいたい映画だ。

(オライカート昌子)

アフター・ヤン

10 月 21 日(金)より TOHO シネマズ シャンテほか全国公開
配給:キノフィルムズ
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監督・脚本・編集:コゴナダ
原作:アレクサンダー・ワインスタイン「Saying Goodbye to Yang」(短編小説集「Children of the
New World」所収)
撮影監督:ベンジャミン・ローブ 美術デザイン:アレクサンドラ・シャラー 衣装デザイン:アージュン・バーシン
音楽:Aska Matsumiya オリジナル・テーマ:坂本龍一 フィーチャリング・ソング:「グライド」Performed
by Mitski, Written by 小林武史
出演:コリン・ファレル、ジョディ・ターナー=スミス、ジャスティン・H・ミン、マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ、ヘイリ
ー・ルー・リチャードソン
2021 年|アメリカ|英語|カラー|ビスタサイズ|5.1ch|96 分|原題:After Yang