『X エックス』レビュー

1970年代、不快指数マックスの夏ど真中。

汗ダラダラ、喉カラカラ。

3人のカップルが汚れたバンで南部テキサスを目指す。

セクシーなホットパンツ、マリファナ立ち込める車内。

「あっ、この中の数人はチェンソーで殺られるな」

安易に想像できる。

道に迷った挙句、辺鄙なガソリンスタンドに立ち寄ると、

その想像は確かとなる。

「最初に血祭りにあげられるのは誰だ」

観客は、ホップコーンを頬張りながら予想する。

『X エックス』の登場人物は、

低予算映画撮影のために人里離れた農場に向かう6人の男女、

そして、その農場の老夫婦と数人のテキサス警官のみだ。

6人の男女が撮影する映画のタイトルは、

「農場の娘たち」というハードコア・ポルノ。

人里離れた農場に向かうワケがそこにある。

そんな若者たちを農場で待ち受けたのは、

みすぼらしい老人だった。

宿泊場所として安価で提供した裏手の納屋へ案内する。

当然そこには、草刈り道具やオノが散らばっているが、

手入れがされていない錆び付いたものばかり。

観客は思う。

「ほーら、やっぱり」

「こんな錆び付いた道具で襲われたら

もがき苦しむばかりだろうよ」

やがて若者たちは、

母屋からこちらを見つめる老婆と目が合うのであった。。。

『X エックス』は、傑作『ヘレディタリー/継承』(2018年)や

怪作『ミッドサマー』(2020年)で観客を「恐怖のズンドコ」に叩き落とした

A24製作の恐怖映画。

どん底でなく、ズンドコと表現するのは、内容がヤバすぎて、

もはや表情がヘラヘラ顔になってしまうからだ。

もちろん、新作『X エックス』もズンドコだ。

だから、紳士淑女のお方には到底オススメは出来ない。

全米で3月に公開されるや、ホラー界の重鎮スティーヴン・キングや

カルト映画『ラストナイト・イン・ソーホー』(2021年)のエドガー・

ライト監督が熱い支持を表明した。

映画の資料には、、、

Xとは何か!? 秘密のX、極限のXTREME、快感のXTC、未知なるXFACTOR?

と賑やかだが、これに「レイティングX」のXも加えたい、笑。

エログロポルノ映画のXはぜひ加えたい。

海外メディアはどーか。

「狡猾で楽しい恐怖のアトラクションのような映画」(Variety)、

「超エロくて超コワい70年代ホラーが復活」(Fandango)、

「狂ったように⾯⽩い」(Bloody Disgusting)、

「⾎まみれでメチャクチャ楽しい映画」(The A.V. Club)

と、親しみ込めた優しい絶賛評で歓迎している。

映画批評サイトRotten Tomatoesでは、

96%フレッシュ(⽇本5/11時点)を獲得。

「今年最⾼評価のホラー映画」と予想しているからもの凄い。

本作のタイ・ウェスト監督は、

当時のテキサスの⽥舎町を⾒事に表現しながら、

新たな⼿法によってこれまでの映画の既成概念を壊した

70年代のアメリカン・ニューシネマへの憧れと、

ホラー映画への愛情を詰め込んでいる。

監督いわく、

「70年代の映画を⾒ると、映画という芸術を

愛している⼈たちが作っていることがよく分かるし、

今はそういった作品をあまり観られないことが残念なんだ。

ボクが『X エックス』を作ったワケは、

俗っぽい題材を知的レベルなものに仕上げたかったから。

試験的にね。

セックスと暴⼒を描くという昔からの儲け主義的で見世物ふう映画のパターンを、

愛情を込めた⼿法で再構築することは、⼼躍る挑戦だったよ」

なるほどね。

エログロ映画と思われた『X エックス』でも、

にわかに監督の熱き映画愛とメッセージが感じられるからね。

それは若きポルノ女優が「リンダ・カーターに憧れている」

ことからもうかがえる。

リンダ・カーターとは、1979年当時、

テレビドラマ「ワンダーウーマン」で主役を演じて

絶大な人気を博していた女優さん。

でもね、ポルノ女優として70年代に青春を過ごした若者にしてみれば、

リンダはリンダでも、断然リンダ・ラヴレースだろう。

当時のポップカルチャーに絶大な影響を与えたポルノ映画の金字塔

『ディープスロート』(1972年公開)のヒロインである。

そのタブー度から、人目を忍んでニュージャージーのアパートの一室で

わずか3日間で完成させた曰く付きハードコア・ポルノ。

制作費550万円で2000億円もの儲けを得たという伝説の映画。

『X エックス』では、売れない女優、ベトナム帰還兵、

そして即席の映画スタッフたちが、第2の『ディープスロート』を夢見て

一攫千金を狙うのだからね。

(ま、リンダ・ラヴレースの件は私見として)

前述の熱き映画愛の一端がコレとすると、メッセージとは何なのか。

それは映画の底からにじみ出る「老い」という、

消し去ることのできない運命だろう。

タイ・ウェスト監督は、若者のひとりが

『ランドスライド』を歌い上げるシーンを用意している。

これは1975年のフリートウッド・マックのヒット曲。

「あっという間に過ぎていく人生の中で、

後悔なく丁寧に年を重ねていくことへの苦しみ」を歌った名曲だ。

「この曲は、年を重ねることで起きる哀愁をとてもうまく表現している。

若者たちと⽼夫婦という2つのストーリーを対⽐させる場面に最適な曲なんだ。

このシーンを境に映画のギアが変わるからね」(タイ・ウェスト監督)

そう、このシーンを合図に、映画は地滑りのように落下していく。

そして、エンドロール。

そこでも監督の粋な演出が明らかになる。

『X エックス』は単なる俗っぽい題材の映画、セックスと暴⼒を描く、

昔からの儲け主義的で見世物ふう映画ではなかった。

監督が用意した「若さと老いの合わせ鏡」に、きっと唸るはずだ。

(武茂孝志)

『X エックス』

7月8日(金)ROADSHOW

監督・脚本:タイ・ウェスト

出演:ミア・ゴス、ジェナ・オルテガ、ブリタニー・スノウ、

スコット・メスカディ(キッド・カディ)、マーティン・ヘンダーソン、

オーウェン・キャンベル、ステファン・ウレ

提供:ハピネットファントム・スタジオ WOWOW

配給:ハピネットファントム・スタジオ

原題:X|2022 年|アメリカ映画|上映時間:105 分|

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