『わたしをくいとめて』映画レビュー(感想)

映画『わたしをくいとめて』で、のんが完全復活した。全国拡大公開映画の主演としては、2014年の『海月姫』以来の登場だ。

久しぶりなのに、さわやかな存在感は相変わらずで嬉しい気分になった。『わたしをくいとめて』では、黒田みつこ役だ。みつ子は、OL生活10年以上、自称【ミニお局】。ちょっと疲れているし、マンネリ。をれでも、焼き肉やカフェや公園散策へ行っては、おひとり様チャレンジで活力を生み出している。友達は職場の先輩と、イタリアにお嫁に行った学生時代の親友のみ。リアリティと親近感を呼ぶ設定だ。

毎日の生活には、ほぼ満足しているけれど、寂しさはある。だからなのか、【A】と毎日会話している。【A】はアンサーの【A】。自分自身でもある。声は頼りがいのありそうな男性のもの。いつも疑問に答えてくれて、アドバイスもしてくれる。みつ子の生活は整えて守り切っている自分だけのお城に住んでいるような感じだ。

ところで、みつ子には気になっている人がいる。年下。職場に来る営業マンの多田君(林遣都)だ。行きつけの商店街でばったり出会い、家が近所なことを知る。普通だったら急速に進展しそうだが、『わたしをくいとめて』は、まるで映画のなかではないかのようにゆっくり進む。だが、ひっかりがなく、スムースで心地よいリズムには軽快感がある。

みつ子は、大胆さがないわけではないけれど、臆病だ。悩みがないわけではないけれど、気に病まない。その状態は、時にドッと大きな揺り戻しが来ることもある。過去の小さな傷も、忘れたころに思い出されて、チクチク刺激してくる。映画の中では、温泉一人チャレンジのシーンがかなり痛みを伴う。

をれはノックの音かもしれない。自分バージョンアップの時期だよという、目覚まし時計の音なのだろうか。怖がっていても始まらない。先に何が待っていようとわからないけど先に進もうとする。だけど怖い。それがタイトルの『わたしをくいとめて』という言葉につながる。

自分が築き上げた完璧な城から抜け出て、新たな旅に出る映画だ。痛さはヒリヒリする。前に進まなくてはいけなけれど、今まで通り、一人で十分じゃないだろうかという迷いも襲う。一人から二人へというのは大きすぎる試みかもしれない。そのうち二人は三人になるのだろうし。

そんな心の揺さぶりに関わらず、限界を突破していくシーンは、痛快かつ楽しい。怖れている飛行機のシーン、旅館の廊下から浜辺へのシーン。ごく自然にしかもポップなところが、大九明子監督のリズム感の良さだ。

(オライカート昌子)

わたしをくいとめて
2020年製作/133分/G/日本
配給:日活