映画『声優夫婦の甘くない生活』ほんわかレビュー

日本公開に当たって、エフゲニー・ルーマン監督いわく。

「皆さんに映画館へ行くチャンスがあること、

この『声優夫婦の甘くない生活』を観てもらうチャンスがあることを

とても嬉しく思います。

個人の物語が、他の国やまったく異なる文化に伝わるなんて、

とても不思議で、最高の気持ちです」

そう、コロナ禍でまだ全世界公開されていないけど、

各国のタイトルを調べてみると、これがすこぶる面白い。

英語表記では、「GOLDEN VOICES」だから『魅惑の声』だね。

ヨーロッパ表記も概ねこれに準じている。

ロシアのタイトルは「ボイスオーバー」。

いうならば、『画面に映らないナレーターの声』とちょっぴり他人行儀な感じ。


深読みを誘うのは制作国イスラエルのタイトルで、

直訳すると、『背景の騒音』となる。

物語を少しだけ紹介すると、その国のタイトルが意味を持ってくる。

1990年、ソ連(現ロシア)からイスラエルへ移民してきたヴィクトルとラヤ。

ふたりはそれまで、ソ連に届くハリウッドやヨーロッパ映画の

吹き替えで活躍した声優夫婦だった。

第2の人生を謳歌するつもりも、イスラエルでは声優の仕事がない。

ヴィクトルは、違法な海賊版レンタルビデオ店で

曲がりなりにも声優の職を得ることになる。

なんとか生活を軌道に乗せはじめた夫婦だったが、

それまで長年気付かないふりをしてきた夫婦の本当の声が噴出し始める。

そしてそれ以上に、イスラエル国民はイラクの化学兵器ミサイルの脅威に

緊張感が高まっていた!!


当時、互いに敵対心を持っていたイスラエルとイラン。

映画では、イスラエルの生活状況と国策が克明に描かれているが、

実際、国民一人ひとりにガスマスクが支給される場面には驚かされた。

まして、本当にイラクからミサイルが飛んでくるシーンには

ひっくり返ってしまった。

史実だからしょうがない、としてもね。

そんな緊張感ある物語をほんわかムードで語る監督、

そして演じる役者には何かと感情を助けられた。

こんなエピソードにグッとくる。

ソ連で、ヴィクトルの吹き替え版で『スパルタカス』を観たと言う友人。

「あの映画は大傑作だった! ホント! すごかった!

でもね、ここイスラエルに来て、オリジナル版を観たんだが、

それがちっとも面白くなかったんじゃよ」

俺の吹き替えがカーク・ダグラスより良かったのか!


にんまりとするヴィクトルの顔が忘れられない。

やがて我々観客は、ヴィクトルのケツ顎(あご)に気がついて、

「おっ、顔までカーク・ダグラスに似てきたな」と思うからオモシロイ。

こんなシーンにはハラハラさせられる。

違法な海賊版を作るために、ヴィクトルと仲間が映画館で盗撮を始める。

コソコソと後方で撮ろうとする仲間からビデオを取り上げて、

劇場ど真ん中で盗撮しようとするヴィクトル。

映画泥棒は、法律により10年以下の懲役、もしくは1000万円以上の罰金、

またはその両方が科せられることを叩き込まれている我々日本人には

ビビりまくる場面だ。笑。

しかしここでは、ヴィクトルの良くも悪くも馬鹿正直な性格が描かれる。

どうせ撮るなら(盗るなら)、観る人のために綺麗な画角正体でと、

どこまで行ってもイノセントな性格を見せつつ、

それまでのソ連生活をもうかがわせる名シーンとなった。


もう一つ、監督がヴィクトルを使って興味深いシーンを見せてくれる。

ヴィクトルとラヤが異国イスラエルに移民して入居する場面。

壁にある謎のスイッチ。せっかちなヴィクトルがパチパチと

何度もオン・オフを繰り返すが、一体どこのスイッチか分からない。

それがラストまで分からない。

観客は、「それは、もしかしてミサイル発射のスイッチかもしれない」と

あらぬ恐怖を覚えるかもしれない。

こうした数々のシーンが、先のロシアやイスラエルのタイトルと重なると

おのずと作品の面白みと恐怖が増してくるのだ。

日本のタイトルは、『声優夫婦の甘くない生活』となる。

劇中さまざまな映画ネタの中でも、

『甘い生活』を撮ったフェリーニ監督をオマージュしての邦題なのだろう。

エフゲニー・ルーマン監督のコメントにもこうある。

「フェデリコ・フェリーニは、当時のソ連で鑑賞できる数少ない

外国映画の監督のひとりで、モスクワ国際映画祭で上映もされました」

だから、フェリーニの映画がヴィクトルとラヤ、

この声優夫婦の運命にやがて大きく関わることとなるのだ。


奥さんのラヤのお話が少ないって?

いやいや、本当はラヤの言動が映画の起爆剤となるのだよ。

ここまでのレビューは男目線で語ったものだからね。

コロナ禍。全世界、まだまだ映画館の通常興行が難しいけれど、

日本では映画が戻りつつある。この幸せ。

まだまだ閉塞感漂うこの期にあって、この映画のコピーは呟く。

「他人のセリフなら上手く言えるのに、自分の心は伝えられない」

よし、映画を見に行こう! きっとふたりの運命が気になるはずだ!

(武茂孝志)

『声優夫婦の甘くない生活』

12月18日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか

全国順次ロードショー

監督:エフゲニー・ルーマン

ヴィクトル:ウラジミール・フリードマン

ラヤ:マリア・ベルキン

2019年製作/ロシア語、ヘブライ語/88分/イスラエル映画

原題:Golden Voices

配給:ロングライド