タン・ウェイは男をダメにする。
男は、会ったその場で骨抜きにされる。
アン・リー監督の『ラスト、コーション』(2007年)を見たか。
タン・ウェイは、あのトニー・レオンさえ骨抜きにした。
政府高官に近づく華奢な女子学生役。
これがタン・ウェイのデビュー作だ。
1979年、中国浙江省生まれ。
各国で『ラスト、コーション』の過激な性描写が大きな話題を呼ぶも、
その多くのシーンが本国では大幅にカットされて上映された。
それでも見事、数多くの新人賞に輝く。
審査員もその妖艶に骨抜きにされたのか。
噂では、タン・ウェイがその後出演したテレビCMは
中国テレビ総局の指示で放送禁止になったと聞く。
『ラスト、コーション』での役柄が、
戦時中のニッポン協力者と見なされたのか。
劇中の事とはいえ、それだけインパクトがあった。
こうしてタン・ウェイの姿は遠く薄らいでしまった。
しかし、その魔性の美は健在だった。
2018年、中国映画界次世代の筆頭、ビー・ガン監督の映画に登場。
その『ロングデイズ・ジャーニー この世の涯てへ』では、
やくざ者の「夢」に現れて優しく手招き、奈落の底に突き落としてみせた。
映画後半60分間、画面は突然3Dとなり、
タン・ウェイがホログラムとなって浮き上がる。
男性観客みな、骨抜きにされて館内を漂う至福の瞬間だった。
今回紹介の韓国映画『別れる決心』のパク・チャヌク監督も言う。
「あの『ラスト、コーション』を見たときから、
タン・ウェイと映画を撮りたいと思っていた」。
パク監督も骨抜きにされた一人だった。
映画ファンはみな思うだろう。
『オールド・ボーイ』(2003年)、『お嬢さん』(2016年)など
過激な描写とポルノ紛いと評される鬼才パク・チャヌク監督が
新作『別れる決心』でタン・ウェイをどう扱うのか。
プレスにある物語はこうだ。
岩山の頂上から転落死した男の事件を追う刑事ヘジュンは、
被害者の妻ソレを容疑者のひとりとして監視する中で、
次第に彼女に特別な感情を抱き始める。
捜査を続けていく中で少しずつ距離を縮めていくふたり。
やがて事件解決の糸口が見つかり、事件は解決したかに思えた。
しかし、それは相手への想いと疑惑が渦巻く“愛の迷路”のはじまりだった 。
そう、タン・ウェイは被害者の妻ソレに扮する。
と同時に夫殺しの容疑者としてマークされる役どころ。
が、舞台は韓国。タン・ウェイ扮する妻は中国人である。
パク・チャヌク監督、腕の見せ所となる。
繰り返される取り調べで、コトバがすれ違う。
時にケータイの翻訳機能を通しての会話。
些細な翻訳ミスで大きな誤解を招くスリル。
じれったい。もどかしい。そしてやがて、
刑事ヘジュンはタン・ウェイの魔性へと堕ちて行く。
エロチック・ミステリー『氷の微笑』(1992年)を見るような面白さ。
容疑者シャロン・ストーンに魅せられ、
判断を狂わす刑事マイケル・ダグラスを連想させる。
想像するに、ミイラ取りがミイラになるような展開は、
ヒッチコックの『めまい』や『裏窓』をオマージュとするが
パク・チャヌク監督ならではの意外性と唯一無二の才能に唸るはずだ。
韓国では、相手の本心を知りたい刑事ヘジュンと容疑者ソレの
スリリングな駆け引きにハマる観客が続出したという。
そして、その脚本集がベストセラーを記録し、
決めセリフがSNSで流行しているらしい。
ワタシは、劇中、意味ありげに何度となく流れる
韓国歌謡「霧」を愛聴するようになった。
霧の中にひとりたたずむオンナが過ぎ去った記憶をたどって
かつて愛した人を偲ぶ曲。
またしても、タン・ウェイに骨抜きされたようだ。
第75回カンヌ国際映画祭監督賞
『別れる決心』
2月17日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
監督:パク・チャヌク
脚本:チョン・ソギョン、パク・チャヌク
出演:パク・ヘイル、タン・ウェイ、イ・ジョンヒョン、コ・ギョンピョ
提供:ハピネットファントム・スタジオ、WOWOW
配給:ハピネットファントム・スタジオ
原題:헤어질 결심|2022 年|韓国映画|シネマスコープ
上映時間:138 分
映画の区分:G
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