『モーリタニアン 黒塗りの記録』映画レビュー 志と洗練の極上映画

志がある上に洗練されている。しかも味わいは極上だ。そんな映画は滅多にない。『モーリタニアン 黒塗りの記録』は、今こそ見るべき映画だ。

9.11の首謀者の一人とされ、キューバのグアンタナモ収容所に拘束されたモーリタニア人のモハメドゥ・ウルド・スラヒ。彼が書いた世界的ベストセラーを映画化している。実話だ。モハメドゥ・ウルド・スラヒには拘束される覚えは一切なく、証拠もない。

戦争やテロや裁判、無実の戦いというと、固い社会派イメージがある。『モーリタニアン 黒塗りの記録』に、そういう面がないわけではないけれど、それ以上に清らかな風と波しぶきの音が聞こえてくるような爽やかな印象が強い。

モーリタニアの海、グアンタナモの海、空想上のマルセイユの海。グアンタナモの空の下仕切られた屋外での顔も見えない隣人とのフットボール。拷問のさなかで思い出す故郷の砂漠。

さらに強い印象を与えてくれるのは、スラヒをはじめとした、自分自身であるために戦っている人間の姿だ。スラヒを釈放するために戦う、ジョディ・フォスター演じる人権弁護士のナンシー・ホランダー。ベネディクト・カンバーバッチはスラヒを死刑にするために動くスチュアート中佐。


彼らは、自分でないものに簡単に巻かれない。そのためには犠牲になるものも多く、強い精神力や信じる力も大切だ。『モーリタニアン 黒塗りの記録』は、そういう心を持った人が集合して、作り上げた映画なのだろう。映画の芯は強く、外身は軽く明るく優しい。それが極上の口当たりをもたらす。

固くてまじめな映画はいくらでもある。政治信条を並べた映画もある。面白さや驚きを追求した映画もある。だが、これほどしなやかな強さがこちらに伝わる作品は稀だ。人間そのものを、あるだけの力を込めて表現しているからだ。

映画のラストには、モハメドゥ・ウルド・スラヒ本人が出演している。劇中のスラヒと、本人の見かけも話し方も区別がつかない。第78回ゴールデングローブ賞にノミネートされた、スラヒ役のタハール・ラヒムの演技力がそれほど凄かったということだ。

(オライカート昌子)

モーリタニアン 黒塗りの記録
10月 29 日 (金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
© 2020 EROS INTERNATIONAL, PLC. ALL RIGHTS RESERVED.
監督:ケヴィン・マクドナルド
出演:ジョディ・フォスター ベネディクト・カンバ―バッチ タハール・ラヒム シャイリーン・ウッドリー ザッカリー・リーヴァイ
原作:モハメドゥ・ウルド・スラヒ『グアンタナモ収容所 地獄からの手記』(河出書房新社刊)
2021年/イギリス/英語・アラビア語・フランス語/129分/ドルビーデジタル/カラー/スコープ/原題:THE MAURITANIAN/G/字幕翻訳:櫻田美樹 
配給:キノフィルムズ
提供:木下グループ