映画『ブルータリスト』

ブルータリストとは、なんぞや。
打放しコンクリートのように素材そのままの粗野な印象の建築群、だと。
ブルータリズムと呼ばれる建築様式は、戦後の復興計画の中で、
1950年代からイギリスで見られるようになってきていた。
その外観はミニマリスト的で、コンクリートやレンガが剥き出しになっている。
ブルータリズムは装飾よりも、構造そのものを見せる手法なんだね。
日本の上野にもある。ル・コルビュジエが建てた国立西洋美術館だ。

『ブルータリスト』は東欧の香り、そして重い空気感で物語が始まる。
鉛を着たような重量感。
そこにスタイリッシュな、なにやら缶詰のパッケージを剥がして横ロールで
見せたようなクレジットが流れると
途端にこの超大作に挑む気持ちが湧いてくる。

すぐさま、曲者エイドリアン・ブロディの登場だ。

才能あふれるハンガリー系ユダヤ人建築家の
ラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)は、
第二次世界大戦下のホロコーストから生き延びたものの、
妻エルジェーベト(フェリシティ・ショーンズ)、
姪ジョーフィア(ラフィー・キャシディ)と強制的に引き離されてしまう。
家族と新しい生活を始めるためにアメリカのペンシルベニアへと
単身移住したラースローは、
そこで裕福で著名な実業家ハリソン(ガイ・ピアース)と出会う。
建築家ラースロー・トートのハンガリーでの輝かしい実績を知ったハリソンは、
ラースローの才能を認め、彼の家族の早期アメリカ移住と引き換えに、
あらゆる設備を備えた礼拝堂の設計と建築をラースローへ依頼した。
しかし、母国とは文化もルールも異なるアメリカでの設計作業には
多くの障害が立ちはだかる。

映画『ブルータリスト』に登場する人物は、ほぼ全員が心に闇を抱えている。
しかし、それを心の内に隠して、柔和な態度で移り気に振る舞っているのが、
実業家のハリソン。
彼を物腰の柔らかい危険人物として演じたのが
ベテラン俳優のガイ・ピアースだ。
外見上はペンシルベニア州で数多くの不動産を建築する進歩的な
ビジネスマンであるが、ラースローの教世主となったと思えば、
彼を数十年間も苦しめる人物となる。

本作では多くの言語や方言にアクセントが使われている。
例えばハンガリー語による独白はスクリプトで数ページ分もあったりした。
主演のエイドリアン・ブロディとフェリシティ・ジョーンズは、
習得が非常に困難であると言われるハンガリー語を覚える必要があった。
さらに、英語のシーンでもハンガリー訛りで話さなければならなかった。
ネット上では、ハンガリー訛りの英語はAIによる成果だと
揶揄する向きもあるがこの偉大な映画の前には戯言だ。

劇中ではバウハウスで教育を受けた建築家が
生み出しそうな建物、家具、調度品を創出せねばならなかった。
それは、椅子、テーブル、食器、カーテンに至るまで。

プロダクションデザイン班の腕の見せ所だが、
美術監督のジュディ・ベッカーは戦後すぐのアメリカの
プロダクションデザインをトッド・ヘインズ監督の
『キャロル』ですでに経験済みだったから、ここでも遺憾なく発揮している。

そしてブタペストで撮影するという決断に至ったのは、
本作をフィルムで撮影するという理由があったからだ。
「ハンガリーには美しい都市がいくつもあるが、
ブダペストにはフィルムのラボが2箇所ある」と、コーベット監督は語る。
『ブルータリスト』ではアルフレッド・ヒッチコックが
『北北西に進路を取れ』(なんと、1959年)で採用した
ビスタビジョンの様々な種類のカメラとレンズが使用された。
「サイズが大きくなるので常に最新の注意を払う必要がある」(監督)
「ハンガリーでは今でもフィルムで撮影する文化がある。
残念ながら他の国では事情が違う。
だからこそ、ハンガリーという国で撮影したいと思ったんだ」と続ける。

イタリアのカラーラの採石場では息をのむシーンが撮影された。
ラースローとハリソンが礼拝堂に使う大理石を探すシーンだ。
コーベット監督は資本主義が世界の隅々までその触手を伸ばしていることを、
このシーンで表現しようとした。
「カラーラのシーンでは、資本主義が地球を蝕んでいることを見せたかった。
また、その風景は登場人物の内面も表しているんだ」と監督は説明する。

物語は、ラースローが希望を抱いたアメリカンドリームとはうらはらに、
金管楽器やジャズ楽器の音楽と共に大きなうねりに飲み込まれていく。

上映時間、3時間35分。
総合娯楽芸術とも言えるドラマ『ブルータリスト』にいますぐ飛び込め。

(武茂孝志)

『ブルータリスト』
2月21日(金)より全国ロードショー
TOHOシネマズ日比谷では先行公開中
監督・共同脚本・製作:ブラディ・コーベット
共同脚本:モナ・ファストヴォールド
出演:エイドリアン・ブロディ、フェリシティ・ジョーンズ、ガイ・ピアース、
ジョー・アルウィン、ラフィー・キャシディ
2024年/アメリカ、イギリス、ハンガリー/ビスタサイズ/215分/カラー
英語、ハンガリー語、イタリア語、ヘブライ語、イディッシュ語/5.1ch
日本語字幕翻訳:松浦美奈
原題「THE BRUTALIST」
配給:パルコ ユニバーサル映画
© DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024.ALL RIGHTS RESERVED.
© Universal Pictures
※本作は15分のインターミッションが入ります。