『すべてうまくいきますように』レビュー

1973年公開の近未来映画『ソイレントグリーン』。

 

ハリイ・ハリソンの小説「人間がいっぱい」を原作に、

人口増加により資源が枯渇し、格差が拡大した、

暗鬱な未来で起きる謎の人間蒸発を描いたカルト映画である。

 

舞台設定は2022年。

(あらま、すでに去年の話になっちゃったのかぁ)

 

映画の中に「安楽死」の描写があって驚いたものだ。

 

当時、ハリウッドで性格俳優として

人気を博したエドワード・G・ロビンソンが劇中で安楽死を選択する。

 

ドーム型のカプセルに入ってパノラマ画像を見る。

 

そこにはとうの昔に失われた自然あふれる山々が映し出される。

 

BGMはヴィヴァルディの「四季」。

 

やがて薬物が注入され、にこやかな表情で息をひきとる。

 

安楽死と言うコトバを知り、

映画ながらもその場面に立ち会ったことは相当にショッキングだった。

 

フランソワ・オゾン監督・脚本の映画『すべてうまくいきますように』では、

そんな安楽死をテーマに父と娘の言動がじっくりと描かれている。

 

「本作は安楽死についての議論になることはない。

もちろん、誰でも死に対する自分自身の感情と疑問について

熟考することになるが、僕が取り分け関心を持ったのは

父親と娘たちの関係だった」とオゾン監督は言うのだが、

見る者の関心は紛れもなく安楽死の是非に向かうだろう。

芸術や美食を楽しみ、ユーモアと好奇心にあふれ、

人生を謳歌していた父が突然、倒れた。

 

順調に回復するものの、病床の父は安楽死を願う。

 

二人の娘たちは葛藤を抱えながらも、

その思いに真正面から向き合おうとする。

 

父のアンドレを演じるのは

トリュフォーやロメール作品で知られる名優、アンドレ・デュソリエ。

 

毒舌、頑固、わがまま、そうしたマイナス部分を魅力へと変貌させる

父親アンドレというキャラクターを見事に体現している。

 

安楽死を手伝って欲しいと父から告げられる娘エマニュエルには、

『ラ・ブーム』(1980年)の世界的大ヒットでスーパーアイドルとなり、

のちにボンドガールとしてハリウッド超大作にも出演したソフィー・マルソー。

 

本音しか言わない父の言動に時には傷つきながらも、

父を人として敬愛する娘を情感豊かに演じている。

 

ソフィーはインタビューでこう語っている。

 

「本作に取りかかって、

故郷の山で死のうとする老いたアメリカ先住民を思い描きました。

すべては儀式であり、誰かがそんな彼に付き添うことになる」

 

エマニュエルの妹パスカルには、

オゾン監督の『17歳』(2013年)でセザール賞にノミネートされた

ジェラルディーヌ・ペラスが扮した。

 

父と姉の絆に複雑な想いを抱き嫉妬することもあるが、

こうと決めたらまっすぐな姉を慕う健気な妹を演じ、

美しい姉妹愛で見る者を癒してくれる。

 

夫のアンドレとは別居中の妻クロード役には、

オゾン作品の「まぼろし」(2001年)、「スイミング・プール」(2003年)の

主演女優シャーロット・ランプリングが貫禄の演技を見せつけてくれる。

 

さらにもう一人のキーパーソン、

「スイスの女性」として登場するのがハンナ・シグラである。

 

ドイツのライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督のミューズ、

1979年『マリア・ブラウンの結婚』でベルリン国際映画祭の

女優賞に輝いたハンナ・シグラの登場に映画ファンはむせぶはずだ。

 

フランス語の原題を直訳すると「すべてうまくいきました」と

ちょっぴりそっけない。

 

邦題の「すべてうまくいきますように」は、

尊厳の祈りを込めた表現でその違いが文化の違いそのものにも思える。

 

サスペンス・テイストを得意とするオゾン監督が用意した

想像を裏切る結末はきっと見る者の感覚と感情を大いに刺激するのだろう。

 

それは真っ二つと分かれるはずだ。

 

見終わってオゾン監督映画ならではのユーモラスな感慨も残る。

 

しょせん、安楽死は富裕層の特権だ。

 

金がかかるんだよ。

 

オゾン監督のほくそ笑む表情が目に浮かぶ瞬間だ。

 

(武茂孝志)

 

『すべてうまくいきますように』

 

2月3日(金)より、 ヒューマントラストシネマ有楽町、

新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ 他公開

 

監督・脚本:フランソワ・オゾン

(『ぼくを葬る』『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』)

 

出演:

ソフィー・マルソー

アンドレ・デュソリエ

ジェラルディーヌ・ペラス

シャーロット・ランプリング

ハンナ・シグラ

エリック・カラヴァカ

グレゴリー・ガドゥボワ

 

2021│フランス・ベルギー│フランス語・ドイツ語・英語│113分│カラー│

アメリカンビスタ│5.1ch│原題:Tout s’est bien passé│

字幕翻訳:松浦美奈│映倫区分:G

© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

 

提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ 公式HP:ewf-movie.jp