『スクロール』映画レビュー

日本映画には、普通の若者の日常を描いた佳作が多い。『スクロール』もその一つだ。最初のセリフは、「死にたい。死んでしまいたい」で、度肝を抜かれるのだけれど。

プロローグは、”絶望のマボ”と副題がついている。若者は、薄暗い照明のアールデコ様式のレストランに足を踏み入れる。ワンショットのシーンだ。そのシークエンスの最後には、「卒業後、一流企業に就職したが、まもなく僕は自殺した」という言葉で締めくくられる。

何をしていいかわからない。何をしてもつまらない。もしも、たった一つ大切なものがあったとして、それが失われてしまったらどうすればいいのだろうか、命を断つしかないのだろうか。そんな心理が見え隠れする。

それだけ見れば、『スクロール』は、さぞかし暗く重い映画ではないかと思うところ。だが、そうはならない。迷える若者の物語は、自分を探し出すストーリーに進化する。気持ち良い構図とテンポを持ち、作り手の手際も鮮やかだ。

プロローグシーンの謎は、映画の結末で明かされる。ミステリーが映画を引っ張っているのだが、映画の面白さに引き込まれて、そんなプロローグがあったことはすっかり忘れてしまいそうだ。

主人公は、普通の若者、僕(北村匠海)。一流企業に就職したが、やる気は起きない。パワハラ上司の”コダマ(水橋研二)”に毎日ひどい扱いをされている。彼には卒業後、一度も会っていない友人、ユウスケ(中川大志)がいる。ユウスケは、テレビ局のやり手の社員として日々莫大な量の仕事をこなしている。上司は、”コダマ”と違って、理解が深い。

ある事件をきっかけに、二人が再び連絡を取り合う。そして二人の立場は、ゆっくりと逆転していく。エディ・マーフィの大ヒットコメディ『大逆転』ほどではないにしても。

二人には彼女ができるが、そのきっかけが、あの”コダマ”なのも仕掛けとしては最高。パワハラ上司が、映画を動かす言動力になっている。ここにも逆転の構図がある。

それまで、女性の扱いに一切の心配りがなかった、ユウスケだったが、自分を変える必要を自覚。その第一歩として、結婚を申し込むことにする。相手女性、菜穂には、松岡茉優が扮している。コメディすれすれのキレの良さで、映画に新鮮さと躍動感が加えている。

三人三様の若さのつらさと輝き。実は、若者の登場は、二人でなく三人であり、カップルも二組ではなく三組なのだ。そのあたりのたくらみが、映画に陰影を作っている。

(オライカート昌子)

スクロール
2023年2月3日(金) TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
©橋爪駿輝/講談社
©2023映画「スクロール」製作委員会
配給:ショウゲート
出演︓北村匠海 中川大志 松岡茉優 古川琴音 水橋研二 莉子 三河悠冴 / MEGUMI 金子ノブアキ / 忍成修吾 / 相田翔子
監督・脚本・編集︓清水康彦
脚本︓金沢知樹 木乃江祐希
原作︓橋爪駿輝「スクロール」(講談社文庫)
音楽︓香田悠真 撮影︓川上智之 照明︓穂苅慶人 録音・音響効果︓桐山裕行 美術︓松本千広
制作プロダクション︓イースト・ファクトリー
公式HP︓scroll-movie.com 公式Instagram/Twitter︓@scroll_movie