『関心領域』レビュー

正直に言うと、ジョナサン・グレイザー監督の前作

「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」には全くお手上げだった。

見る者の感覚と想像力を刺激する作家性に富んだイギリス映画だったが。

鑑賞後数週間脳裏から離れない

耳障りで独特な音楽流れる溶液の中で展開する、摩訶不思議な物語。


失礼だが、多くの観客は思考回路が停止したにちがいない。

または分かったようなフリをするか、だ。

捕らえた地球人が、子宮分泌液の中でトロトロに溶けていくさまは、

まるで体内に溜まった有害毒物を排出させるデトックス作用のようで

まことに気色が悪かった。

さすが、レディオヘッド、ジャミロクワイの MVを手がけ、

97年にはMTVのディレクター・オブ・ザ・イヤーを受賞したグレイザー監督!


なーんて納得したが、

いま思い出せるのは異星人を演じたスカーレット・ヨハンソンの

オールヌード場面だけとは情けなしだ。

さて、11年前の異色SFスリラー「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」とは

なんだったのか。

グレイザー監督の新作『関心領域』を見ながら再び思考回路を巡らすと、

ふとあることが浮かび上がった。

壁ひとつ隔てた向こう側の興味、快楽、そして不安と恐怖である。

監督の演出手法は少しも形を変えていない。

ただ、前作とはちがい、これほど分かりやすく

見る者の心にストレートに、ときに侵食するかのように

静かに入り込んでくる映画は他にあるまい! と思った。

『関心領域』でスクリーンに映し出されるのは、

どこにでもある穏やかな日常。

しかし、壁ひとつ隔てたアウシュビッツ収容所の存在が、

微音、うめき、建物からほわりとあがる黒煙、

家族の交わすなにげない会話や視線、

そして気配から着実に伝わってくる。

その時、観客が感じるのは好奇心か、恐怖か、不安か、

それとも無関心か? というのがタイトルの意味である。

それ以上多くを語る必要はないが、

物語の主軸を受け持つドイツの名優クリスティアン・フリーデルと

『落下の解剖学』名演の記憶が新しいザンドラ・ヒュラーの

もうこれ以上はないと断言したい怪演は語り種となるだろう。

ナチスとの関わり映画は枚挙にいとまがない。

ヒトラーのよみがえりを阻止しようとする『ブラジルから来た少年』。

ナチス犯罪者を世にあぶり出す『マラソンマン』や『インサイド・マン』。

隣人が元ナチスの将校だと見抜く少年の残酷物語、

スティーヴン・キング原作のスリラー『ゴールデンボーイ』。

こうしたエンタメ性溢れた快作は数あれど、

『関心領域』の語り口は別格だ。

「その緻密な作りやクリエイティブな選択は、

間違いなく熱く議論したくなるだろう。

鑑賞後、何週間も頭に焼き付いている作品を、

ジョナサン・グレイザーは再び生み出した。

実現まで10年かける価値は十分にあった」(海外メディアThe Playlist)

ワタシもこの数週間、脳裏(頭の中、心の中)から離れないでいる。

歴史に残る作品だ。

(武茂孝志)

『関心領域』

5月24日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開

原題:THE ZONE OF INTEREST

製作国:アメリカ、イギリス、ポーランド

上映時間:1時間 45分

●出演:

クリスティアン・フリーデル(ハネケ監督の「白いリボン」!)

ザンドラ・ヒュラー(傑作「落下の解剖学」!)

●監督・脚本:

ジョナサン・グレイザー

●製作:

ジェームズ・ウィルソン(「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」)

エヴァ・ブシュチンスカ(「ちいさな独裁者」!)

●原作:

マーティン・エイミス(小説「二十歳の時間割」!)

●撮影監督:

ウカシュ・ジャル(「COLD WAR あの歌、2つの心」「イーダ」!)

●プロダクションデザイン:

クリス・オッディ(ビョーク、ケミカル・ブラザーズなどのMVデザイン!)

●衣装デザイン:

マウゴザータ・カルピウク(「アイダよ、何処へ?」!)

●編集:

ボール・ワッツ(「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」)

●音楽:

ミカ・レヴィ(「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」)

●配給:ハビネットファントム・スタジオ

●パブリシティ:樂舎

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