『ほつれる』映画レビュー 人の心の謎を万能会話で解きほぐす

人の心はミステリーだ。

なぜこうするのかわからない。思ったように動けるわけではないし、自分の心の中に何があるのかもわからない。何が生まれてくるのか、そしてどこへ向かおうとしているのかもわからない。

それが、次第にあきらかになってくる過程が、映画『ほつれる』では、ゆっくりと丁寧に描かれる。

綿子(門脇麦)にはパートナー(田村健太郎)がいる、綿子は、ある朝、一人だけでそっと外へ出る。そしてロマンスカーへ。座席から手を振る別の男性がいる。これから、その人とふたりで出かけるのだ。

男性との関係は? パートナーとは、どうなっているのか。親しい男性だった木村(染谷将太)が事故にあい、悲劇に見舞われたとき、なぜ、綿子は、意思に反した行動をとってしまったのか。過去に何があったのか。綿子の本当の気持ちはどこにあるのか。

綿子を演じる門脇麦には、自然体の強味とともに、シンボリックな女性をイメージさせる存在感がある。反対に男性陣は、気恥ずかしさと厚かましさが両立するリアルな肌感覚がある。キャスト陣の演技は、会話が巻き起こす、緊張と緩和の波を変幻自在に操る力がある。

『ほつれる』には、説明するようなセリフはなく、リアルタイムで起きている出来事と、その場でとっさに発せられる言葉が全てだ。思っていることを口にするわけでもない。何の気なしに出る言葉、だが、そのせりふは万能で、摩訶不思議だ。


会話は、現在の謎を解きほぐし、過去も同時にあきらかにしていく。現在と過去が二重になって未来への道を作る、そのスリリングさが、映画を分厚い印象で押し包んでいる、その感触は静かで遠慮がちだ。

大方の謎が解けてきた後半になると、リアルタイムの動きと連動した会話劇の面白さが、過熱し始める。本音のエネルギースがクリーン上にほとばしる。

会話のテンポや間の取り方、盛り上げ方は、演出家・劇作家出身の加藤拓也監督が手がけているだけのことはある。

『ほつれる』のは、何なのか。男性監督・脚本家から見た、女性の姿を描いているという点で、確かに理想像は、ほつれていく。初めからほつれているのかもしれないのだけれど。

あるべきパートナーシップは、可能なのか。それは単なる夢物語で、思い出の中にしかなく、それにすがって人は関係を長引かせるのか。だとしたら、ほつれて当然なのだろう。

(オライカート昌子)

ほつれる
9月8日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
監督・脚本:加藤拓也(『わたし達はおとな』)
キャスト・門脇麦 田村健太郎 染谷将太 黒木華 古舘寛治 安藤聖 佐藤ケイ 金子岳憲 秋元龍太朗 安川まり
音楽:石橋英子
製作:映画『ほつれる』製作委員会、コム・デ・シネマ
製作幹事:メ~テレ ビターズ・エンド
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
制作プロダクション:フィルムメイカーズ  配給:ビターズ・エンド
2023年/日本・フランス/カラー/1:1.37/DCP/5.1ch/84分
©2023「ほつれる」製作委員会&COMME DES CINÉMAS